「黒ワニとハーモニカ」別館 バンダイがマーズジャケットをプラモにしてくれるのを待つ日記

ロボットアニメをわりと好むヲタによるブログ。 たまに少しだけ防衛問題について喋ったりもします。 あとパワードレッド・ドレッドノートHのプラモ化と、コトブキヤが有澤の雷電をプラモにしてくれるのも待ってます。

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昨今の政治事情あれこれ

・共謀罪に関する議論、「パヨクのいつものオオカミ少年」という属人的で党派性にもとづく法案擁護(?)はあっても、「構成要件該当性があいまい、などという批判はあてはまらない」という法律論からの擁護はついぞ見かけなかったなぁ。
まあオオカミ少年っていう批判そのものはその通りだとは思うけど、それとこれとは別というか、それはそれとして本当にこの法律に問題はないのか?それこそ構成要件該当性のあやふやさは見過ごしていいのか?みたいな。
まあそのへんの底辺ネトウヨの妄言はさておき、破防法第4条の「教唆」「せん動」って結局これの具体的な定義はなんだ?責任主義にもとるのでは?という話をもう一回繰り返して読んでいるような印象があったなあ共謀罪の審議。

・憲法改正案を秋国会に提出ってなんでそんなに焦ってるんだろう。
無理な解釈改憲してまで集団的自衛権解禁したし、そうなるともう九条は何を禁じているのか状態だというのに。
いや防衛法の解釈や法理論の整理という意味では自衛隊の憲法への明記ってのは小さくない意味がある(九条がある中で自衛隊を正当化するためにどれほどの政治的コストが費やされてきたやら)けど、枝野たちが言うように圧倒的大差で改憲されるべきで、賛否が僅差の状態で改憲したら憲法と自衛隊の亀裂を埋めるための改正で社会に亀裂を残すという本末転倒な事態に陥るのでは。
「九条と自衛隊の両立は本来は不可能で、今までなあなあでやってきたけど、九条を取るのか自衛隊を取るのか一本化するのが立憲主義だ」という意識が国民に根付くまでは待つしかないと思う。

・公文書管理の問題が次から次へと湧いて出てきて笑ういや笑えない。
南スーダン日報問題みたいな重要ごとが森友・加計みたいなどうでもいいスキャンダルでかき消されたみたいな意見ちょくちょく見るけど、この3つは全部同じ根から生えた問題だからな?
というよりむしろ日報問題だけだったら「公文書管理の不祥事のメッカがまたやりました」で終わってたかも。
日報(防衛省)・森友(財務省)・加計(文科省)と複数の省をまたいで公文書管理法が遵守されていなかったという事実が発覚したからこそ(どこまで本腰かはともかくとしても)行政文書ガイドラインの見直しって話に繋がったんだろうし。

被爆者が国連大使と面会 核兵器禁止条約不参加に失望伝える

http://www3.nhk.or.jp/news/html/20170617/k10011021061000.html

ニューヨークの国連本部で開かれている、核兵器を法的に禁止する初めての条約の制定を目指す交渉会議に長崎市から派遣されている被爆者が、日本の別所国連大使と面会し、日本が交渉に参加しないことへの失望感を伝えました。
面会したのは、長崎の被爆者で長崎原爆病院名誉院長の朝長万左男さんです。朝長さんは長崎市の代表として、ニューヨークの国連本部で開かれている核兵器禁止条約の交渉会議に派遣されていて、16日、日本の国連代表部に別所国連大使を訪ねました。
面会の様子は冒頭のみ公開され、朝長さんによりますと、長崎市の田上市長からのメッセージとして、「日本が核兵器禁止条約の交渉に参加していないことへの失望感が広がっている」と伝えたということです。
これに対し、別所大使は「失望感はわかるが、北朝鮮の脅威がある状況で、核の傘から出る決断はできない。悩んだ末に今回交渉に参加しない決定をした」と説明したということです。

朝長さんは面会のあと、「日本政府として苦しい判断だったことはわかるが、核兵器のない世界の実現のためには、核兵器禁止条約は必要なので、日本も将来的に加わるかどうか、考えないといけない」と話していました。

朝長さんは20日に核兵器禁止条約の交渉会議で核兵器の非人道性を伝えるスピーチを行うということです。


「安倍政権は立場・意見が異なる相手との対話をまったく軽視していて、形だけでも対話を試みましたと取り繕うことすらしない」という批判を見かけて、まったくその通りだと強く同意したのですが(特に沖縄基地問題における翁長知事ら沖縄県サイドとのやり取りは徹頭徹尾沖縄県を無視してものごとをゴリ推しているようにしか見えない)、こちらの国連大使はきちんと自らの立場を説明し理解を求めるということをしていて非常に感心した。

そうであれば記事中の朝長氏もこのようにある程度の日本政府の立場への理解を示しつつもより建設的な将来の話を述べることができるし、評者もこれに対して「予見できる未来、10年20年の範囲内では実現しないだろうけれども、しかしいつか東アジアの安全保障環境を改善し、米国の核の傘に頼らなくとも良い(≠日米同盟に頼らなくとも良い)時代を作り、堂々と核兵器禁止条約に参加すべきだ」と考える。
何がなんでもとにかく核兵器の全面即時撤廃だ!と言われたらそういうことは言えないし、またそんなコメントを引き出すような政府の言葉や見解を打ち出すべきではない。

残念ながら安倍政権は沖縄基地問題では全米軍基地の全面即時撤退を要求するような強硬派を扶植するようなことばかり言っているが……

映画「日本のいちばん長い日」岡本喜八版

キリコが酒を飲んだ時に言った感想を持って俺のこの映画に対する意見・感想とさせていただきます。

吉田岩窟王事件・雑感

とりあえず関連書籍を何冊か読んで、感情的に思ったことをつらつらと。

半世紀もの間、何度拷問を受けようが再審を却下されようが決して諦めなかった不屈の精神はやはりすごいが、吉田老人を見ていて自分がすごいなと思ったのは行動力である。
刑務所から出た後東京に来て最初に行ったのが新聞社に行って「強盗殺人で22年服役してきたがわしは無実や」。
新聞社もこの手のタレコミだか陳情だかはよくあるので1日目は適当に扱って追い返すんだけど、吉田老人は翌日また来る。
そして「とにかく話だけでも聞いておけ」となり、実際に彼の話を聞いてみると「どうやら本物ではないか?真実冤罪ではないか?」となり、雪冤の戦いが始まっていく。

しかし行動力も凄いが、ここで「この老人は真実冤罪ではないか」と思わせるのが吉田老人の真に凄いところだと思う。
その後寄食していた弟の家を出て仕事を始めた時も「あんたのような人が強盗殺人なんて恐ろしいことをやったとは私は信じぬ」と近所の古物商仲間に慕われる老婆に見込まれ、彼女は古物商の許可証が吉田老人に下りるよう陳情に通い、商売を教え、300人からのお得意様をみんな吉田老人に譲ってくれた。
出所した時すでに55歳だったが、これまた「吉田のおじいさんのような人が強盗殺人なんてするわけない」と古物商をやるうちに知り合った女性と結婚もした。
古物商仕事ではやはり「あのじじいは強盗殺人の前科者だ」と言いふらす同業者がいて苦労もあったが、客は吉田夫婦を信用し、わざわざ夫婦が買取に来るのを待って売らずにいてくれる。
そのうちに吉田老人、古物商仲間と相談して集めた金物をお国に奉納し(時ちょうど太平洋戦争の頃である)、陸軍大臣から感状をもらったりもしている。

やがて老人の話を信用して協力を申し出た前述の新聞記者達が、真犯人である海田庄太郎と北川芳平を探し当ててくれる。
吉田老人の顔を見るなり脱兎のごとく逃げ出した挙句、結局土下座し詫び状まで書いたという海田との対面のシーンはきわめて印象的である。
(だが海田は後に「詫び状は吉田の暴力が怖くて書かされた」「検事の言うことに従っていたらなんか吉田が主犯ってことになってた」とこの時真実を言う、と約束したにも関わらずその約束を無碍にする)

そして戦争で家が焼け、栃木に疎開する吉田夫妻。
再審裁判でも言われているが、そこでは吉田老人が前科者であることなど誰も知らず、黙っていればそのまま誰も知らなかったが、吉田老人は「わしは強盗殺人の罪で前科を背負わされておるが無実や」と会う人会う人に言ううちにその話を知らない人間が村中からいなくなるほど、やはり雪冤への意思は固かった。
それを聞いた疎開先の村では「わが村でそのような苦しみを受けている人がいるとは放ってはおけぬ」と村長たちが署名に立ち上がる。


凄いなと思うのは、要所要所で会う人がみんな「この人が言っていることは本当だ、この人が強盗殺人などするはずない」と思うことである。
これは幸運などという話で片付けるには吉田老人にあまりに無礼であろう。
それだけ吉田老人が真面目に、正直に生きてきた何よりの証しなのだと思う。
その結果、吉田老人は妻もおり、義理だが娘もいて、その娘も結婚し子供を産んで孫にも恵まれた。

ガラス工時代の雇い主も「石松は男でありながら女のような気質で、真面目で腕もよく、暴力を振るったり身持ちの悪かったようなことは決してなかった」と裁判で証言し、再審裁判ではすでに病床の身だったが吉田老人に「おれはあんたが逮捕された時からあんたがあんな犯罪を犯すはずがないと信じておった、どうかおれが生きている内に無罪になってくれ」とも言っている。
秋田刑務所では所長に「君は真実冤罪のようだが、ここは刑務所で刑を執行するところなのだから無罪を訴えられてもどうしてやることもできぬ。それより本当に雪冤を晴らしたいなら一刻も早くここを出ることだ。あらゆる懲罰を受けた君には本来認められないのだが、どうだ、僕の気持ちに答えてこれからは真面目にやってみないか」と声をかけられ、感激した吉田老人はそれまで罪を認めないがゆえに刑務につくことも拒否してきたのが一転真面目に務めるようになり、やがて改悛の情を示していない殺人犯であるにも関わらず仮出所を勝ち取る(この際出所前日に所長に呼び出され「長年苦労したと思う。出所後はぜひとも雪冤を晴らせよ」と訓示を受けている)。

そして見事無罪判決を勝ち取る吉田老人。
それをみんなが祝う。杖がないとうまく歩けない吉田老人には家に入るのも難しいほどの客が来る。近所の衆も親戚衆もどっと押し寄せ、家の前の田んぼ道が延々客で連なる。
村で祝賀会が開かれる。
日に50通、60通も日本中から吉田老人を励まし、いたわり、同情し、無罪判決を祝ってくれるはがきや手紙が届く。
足が悪くなり寝たきりになり、「故郷に一度帰って先祖や母の墓に詣でたいがそれもできない」と嘆く吉田老人の話を聞いて、故郷の風景をフィルムに収め、それを栃木の吉田老人の家で見せてくれる有志が現れる。
吉田老人を招待する熱海の温泉宿も現れる。

対して海田の晩年はどうか。
元々私生児で身寄りもなかったが、その後も結局家族を作ることもなく、財産もなく(上述の海田と吉田老人の対面の時も、海田の家は戸もない一畳4間の、ござと七輪があるだけの掘っ立て小屋だった)、施設で看護婦に相手をしてもらうだけの日々。

フィクションではないか、できすぎではないかと思うほどの絵に描いたような因果応報である。
自分は非常にこの一連の話を読んでいて感銘を受けた。
真面目に生きるとはこういうことか、嘘ばかりついて生きていくとこうなるのか……と言うのだろうか。そういう言葉に変えてしまうと急に陳腐になってしまうが、ともあれ読んでいてそんな思いだった。

謹賀新年2017

ダラダラしてるうちに1月最終日になってしまった。
なんか最近はどうもそんな感じです。FF15も飽きたとかつまらなくなったわけじゃないのにあれからまったくプレイしてない……

スマホのタッチパネルがおかしくなったので修理に出したんですが、代替機を借りられるとしても落ち着かないなあこれ。
早く戻ってきてくれよ。
電子書籍を大量に入れてたので本体ストレージ32GBを警告が出るまで使っちゃってたのでメモカを新調して128GBに。これだけあればかりあげクン全巻コンプにも耐えられるでしょ。

ともあれ更新頻度は低下気味だと思いますが、今年もどうぞよろしくです。
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