「黒ワニとハーモニカ」別館 バンダイがマーズジャケットをプラモにしてくれるのを待つ日記

ロボットアニメをわりと好むヲタによるブログ。 たまに少しだけ防衛問題について喋ったりもします。 あとパワードレッド・ドレッドノートHのプラモ化と、コトブキヤが有澤の雷電をプラモにしてくれるのも待ってます。

(社説余滴)1万2千キロ彼方の自衛隊

http://digital.asahi.com/articles/DA3S12674642.html?_requesturl=articles%2FDA3S12674642.html&rm=150

 「駆けつけ警護を嫌がっているわけではありません。だけど、私たちは何を守るのかと思うことはある」

 自衛隊の幹部の一人は、慎重に、言葉を選ぶように言った。日本から1万2千キロ彼方(かなた)のアフリカの地で、命をかけることの重い意味。

 安倍政権は、南スーダンの国連平和維持活動(PKO)に派遣されていログイン前の続きる陸上自衛隊に、駆けつけ警護などの新任務を付与した。

 あくまで不測の事態への対処であり、PKOの現場で、任務の必要性があることは理解できる。これに社説で反対したのは、現地の情勢の厳しさを重くみたからだ。

 日本として急ぐべきは新任務の付与ではなく、むしろ自衛隊が撤収できる環境づくりではないか、と。

 「いつまで南スーダンにいればいいんですか」

 別の自衛隊幹部からは、そんな本音も漏れる。

 撤収に向けた出口戦略もないままに、派遣継続が自己目的化していないか。南スーダンの道路整備などのために派遣されている施設部隊。その高い能力をいかした別の活動が考えられないか。

 PKOでは、たとえば能力構築支援に力を入れる道もあると、この幹部は言う。

 南スーダンの隣国ケニアではPKOの一環として、陸自の教官団がケニア軍などを対象に、油圧ショベルなど重機の使い方を訓練している。あまり目立たないかもしれないが、平和憲法をもつ日本らしい貢献と言えるだろう。

 近年のPKOは、住民の保護を理由に積極的に武力を使っている。大規模な部隊派遣は途上国が中心だ。

 だが自衛隊は、憲法9条のもとで、そこに部隊を出し続けている。

 「自衛隊員が血を流すような国にならなければ、日本は信用されない」

 外務省の官僚と話していると、そんな言葉を聞くことがある。国連安全保障理事会の常任理事国入りをめざすためにも「PKOでの自衛隊の活動をグローバルスタンダードに近づけたい」――。

 自らの部下を送り出す自衛隊の幹部からは、あまり聞かれない言葉だ。自衛隊員の多くは、日本が攻められた時、日本を守るためにこそ、血を流す覚悟をしている。

 自衛隊と外務省の間には、思いのほか深い溝があるように見える。

 初雪舞う東京で、南スーダンで汗をかく隊員たちの無事を祈る。


 「自衛隊員が血を流すような国にならなければ、日本は信用されない」というくだりが議論を読んでいる記事である。
しかし元々湾岸戦争のトラウマ以来、外務省はルワンダでは現地の治安情報を隠蔽・操作してまでも自衛隊派遣に拘り、イラクでは防衛庁(当時)に掛け合うこと無く真っ先に自衛隊派遣を決めるなど、とにかく人的資源を投入しての国際貢献に強く執着している。
つまり元来外務省はずっとそういう姿勢で湾岸戦争後やってきたのだし、この件も「資金のみならず人的貢献も必要だ」という、それなりに普遍性があると思われる話を、たまたま過激な言い回しで表現したに過ぎない。

また評者は冒頭に出てくる自衛官幹部の意見や、文末の「自衛隊員の多くは、日本が攻められた時、日本を守るためにこそ、血を流す覚悟をしている」というくだりに対しては「国際派遣対外協力が本来任務化してもう10年だぞ」という意見のほうを強く抱く。
なんとも今更だという話で(その本来任務化そのものがおかしいという話ならまた別だが)、非常に白々しく感じる。

ただこの社説で大勢として言いたい話としては評者も同意見である。
外務省が実際に負担を受け持つ自衛隊・防衛省と十分な調整を済ませないまま海外派遣の実績作りに走ってきたことににかけては上記のようにその実績があり、先走るのが防衛省ではなく外務省であれば受け入れられるという話でもない。
十分な議論をもっと尽くすべきであろう。
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