「黒ワニとハーモニカ」別館 バンダイがマーズジャケットをプラモにしてくれるのを待つ日記

ロボットアニメをわりと好むヲタによるブログ。 たまに少しだけ防衛問題について喋ったりもします。 あとパワードレッド・ドレッドノートHのプラモ化と、コトブキヤが有澤の雷電をプラモにしてくれるのも待ってます。

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「この世界の片隅で」&「超高速!参勤交代」

気にはなってた映画を見てみたよ2本。

すずが「この物価高って果てがないのでは?そうなったらもうこの国に住めなくない?」と恐怖するシーンとか好き。
あと8月15日に白米を炊きつつ「明日の分もあるんだから全部使うなよ」ってのは例えば「解放者の戦場」の「戦争は生活をぶっ壊すがな、世界は変えられん。俺らはメシを食わにゃならんし、風呂も入るし、散歩もせんといかん。どんなとんでもないことが起ころうと、そういったことがなくなったりはせんのだよ」というキムラック難民の老人の台詞だったり、「恋人をさらわれようが腹は減るし、親を殺されても眠くなるのが人間の機能だ」というトゥエンティの台詞だったり、血界ノベライズの「彼女らは悲しみにくれていても、泣きはらしてはいなかった。顔と化粧が崩れないよう、意図して制御していたわけでもないだろうが、(中略)なにがあろうと、そのせいでひと晩の稼ぎをふいにするようなことがあってはならない。生活とはそういうことだ」という娼婦たちの葬儀姿だったりを思い出すなあ。

ただやっぱり俺は史実や現実を忠実に模写することに注力する系の作品は「なら史実が書いてある歴史の本読めばいいんじゃね?アニメで見る意味は?」って思ってしまう。


王道というか陳腐というかみたいな人情劇パートはそれはそれでまあ嫌いじゃないんだけど、最後にあれだけ大規模な市街戦やっといて「語られなかった戦い」扱いは相当無理あるんじゃないか……?
吉宗の扱いは暴れん坊将軍と差別化しつつも悪役にしないためにはどうすればいいんだっていう苦慮が見えて、この吉宗はこれはこれで好きだぞ。
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FF15 その1

キャンプたのしい!釣り面白い!というツイートや、4人の気の置けない会話の動画が流れてくるのを見ている内に欲しくなって購入。
現在16時間プレイして3章攻略中。

マジでキャンプと釣りとドライブと料理が面白いんですよ。
PS4だけあってビジュアルも気合入ってるし。
特にキャンプ・釣り・ドライブしてるだけでAP貯まる仕様なのでシステム的にもどんどんキャンプしたくなる。これすごいいい仕様だと思う。

ノクトの場合王子なんだけど良くも悪くもちょっと気難しい年頃の青年という感じでなんというか素朴。
でも釣り竿を投げる仕草としまう仕草がやたらと洗練されるのは笑う。
イグニスはオカンすぎる。料理を決める時の指パッチンオサレでいいよね。
プロンプトはムードーメーカーではあるけど他の3人もそこまで悲観的だったり陰気だったりはしないんだよな。
日清の回し者はカップヌードル食う時の仕草がやたら凝ってて草生える。

っていうか話には聞いてたけどマジでカップヌードルを魔法合成に使うとケアルLV99が出来るのかよ!

「家守綺譚」梨木香歩

相互フォロワーの朝陽遥氏におすすめを受け購入した一冊。
幽霊?が平然と掛け軸の中から何度も出てきて主人公・綿貫と会話をしていたり、「サルスベリに惚れられた」とぶっ飛んだ話が続くのですが、下手な説明をつけるより「とにかくそういうもの」としてゴリ推してくる感じ。実際読んでくうちに気にならなくなっていくし。

まずとにかく風景描写が圧倒的に美しい。これにつきる。癒やされるといってもいいくらい。
あまりに和むので一度に読んでしまうのが惜しくて2ヶ月かけて少しずつ読み進めたくらい。
ところで和尚が出てくるたびに本物か狸か疑う必要があるんですけど綿貫騙されすぎじゃないですかね。

また部屋の明かりをいじりながら「電気という奴はこれだから信頼がおけん。いつ止まるか分かったもんではない」と綿貫が酷評しているのがいかにも明治らしいなあと思ったり。

すげえいい本でした。


ところでどうでもいいんですが、柴田亜美の「ドギばぐ」を読み返しながら読んでいたのでゴローの外見が完全に茶壺で再生されてしまう。

「安全保障政策と戦後日本1972〜1994 記憶と記録の中の日米安保」河野康子, 渡邉昭夫編著

まずいきなり蛇足から始まってしまってなんとも奇妙ではあるが、「かつて戦後日本では防衛政策上、政府が立場を明らかにするだけで問題となる時期があった」という一文について。
これそのものは特に異論はないが、引き合いに出されているのが三矢研究問題であることには違和感を感じる。
三矢研究自体も当時から見てもこれが政治的正統性を得られると思っていたのだとしたら統幕の感覚を疑わざるをえない代物だが、防衛研修所(現・防衛研究所)の中で行われた先行研究である「研修資料別冊第175号 自衛隊と基本的法理論」を見るとごく普通に広い範囲に渡って国民の自由権を停止させる旨が明記されており(どちらかと言えば明治憲法における戒厳令の引き写しか?)、一体どういうつもりでいたのかますます疑わしくなる代物である。
これが政治的に批判を浴びたのは当然ではなかったか。

揚げ足取りはさておき本題に入る。
意外に感じたのはすでに70年台の時点で防衛・外務官僚にとっては米軍基地縮小・環境問題対策(当時環境問題という言葉そのものはなかったが)が解決すべき問題として認識されていたという指摘である。
春原剛「同盟変貌」でも日本での米軍再編協議を世界全体の米軍再編モデルとして扱いたい米側に対し、ひたすら基地縮小・負担軽減を追求する日本側のすれ違いがあったことが指摘されていたが、つまり(結果が伴わないためあまりそういう印象を受けず、特に沖縄県サイドからは長年「本土は米国の言いなりだ」という強い批判を招き続けているが)防衛・外務官僚たちにとっては長年基地縮小・負担軽減が懸念事項であったということになるのではないだろうか。
とはいえ上述の通り結果が伴っていない以上、沖縄が不満を抱くのは避けられないことだと言わざるをえないのも事実ではあるが。

また旧ガイドラインの担い手の一人である久保卓也の来歴・思想的背景も興味深かった。
ただ坂田道太防衛庁長官-久保事務次官(-西廣-宝珠山)ラインで生まれた旧ガイドライン・51大綱であるが、佐瀬昌盛「むしろ素人の方がよい: 防衛庁長官・坂田道太が成し遂げた政策の大転換」では坂田の役割が強調され久保はほぼ言及がなく、逆にこの本では久保への記述ばかりで坂田への言及が少ない。
同時期に防衛行政への説明責任と広範な国民的支持を重視した二人の人間による産物なのだが、坂田・久保間でどのような意見交換・やり取りがあったのかはまだ明らかでない。
この点今後の研究が待たれる。

ダークソウル その4

やっと不死街踏破。
とにかくおどろおどろしかったり理不尽死に覚えゲーだったりなので、気軽にプレイしよっかな~っていうのに向いて無くて、すごい大きなエネルギーが必要なのでなかなか進まない。

・ノコギリマンに毎回ボコられる。
結局安定して倒せないままだった。

・何やら扉をくぐるとやたらでけえ槍が剣山のごとく乱立している謎のエリアに到達。なんだこれ?と思っていたら画面外から爆音とともに砲撃(最初は砲撃だと思ったよアレ)が飛んでくるっていう。
ボロ橋のたもとからボスに向かうルートを通ったんですが、ノコギリマンにエスト瓶を消耗し、特大弓矢攻撃エリアでエスト瓶を消耗し、でボスまで安定してたどり着くのも一苦労だったよ。
ただボスの呪腹の大樹(これなんて読むのが正しいの?)自体はそんな強くはなかったかな。
多少はボス戦に慣れてきて、最初はただデカイ体格と動作ってだけでビビっていたのが実は当たり判定がずっと発生してるわけじゃないことにやっと気づいてきたというのもありますし。
ただこいつはどこに攻撃すればいいのかで悩まされました。タマゴっぽい部分を切ると潰れていってダメージが入っていき地面崩落で後半戦開始、までは良くてもだんだん斬れそうな部分なくなってくるし。
撃破時、あと一撃で死ぬところで敵の攻撃範囲外をうろうろしてるうちに適当に剣振ったら攻撃当たって死んでくれて助かりました。

・達成感は凄いけど、気力消耗度も凄い。そんなゲームだなあと。

「ビグロにコンテナつけたらこうなった (ビグ・ラング!)」

・ミリタリー畑の人間が野党(特に民主党/民進党)のしょうもない粗相にいちいち敏感に反応してはその都度ぶっ叩いてご満悦っていう絵面、「2010年台におけるネトウヨの図」ってキャプションしか浮かばない。
蓮舫とかの粗相を支持しろとは言わんけどそういうとこをつつくことしかできないのか……みたいな。

・ガンダムヴィダールめっちゃカッコいいな!RE100ならディティールも期待できるしこれは買うで!
でも結局マルチスロットアクセラレータはなんだったんだ。

・ガンダム年表見返してたんですが、Ξガンダムって実際に稼働してたのたった6日しかないんだな。
νガンダムも同様で、5thルナ戦の後に実戦投入されて最後のアクシズ攻防戦までだから一週間は割ってる。

・安保法制、原理的には賛成なんだけど第二次安倍政権のやり方としては反対(明らかに憲法の範囲内を飛び越えてるとしか…)というところなんだが、その一方で「法的安定性」とか憲法学者の議論へのなんとも言い難い、自分では上手く言語化出来ないもやもやを藤田論文や井上武史先生の言説を見てかなりすっきりと可視化できた感じがある。
「憲法には自衛権については否定も肯定もされていない。それなのに『集団的自衛権なら違憲だが、個別的自衛権なら合憲である』」とはどういうことなのか?とか。

「ノーブルウィッチーズ」南房秀久・島田フミカネ

政治劇やスパイアクションメインのストライクウィッチーズシリーズ……という内容なんだけど、その政治劇がなんとも稚拙というか。
リベリオン大使がガリアの新聞で「他国の援護で枕を高くして眠る国」扱いされたのにキレるのを「欧州防衛に対する悪影響を与える偏狭」扱いしてるんだけど、物資や資金しか出してないならいざ知らず、実際にリベリオンはウィッチを始めとする人的資源もガンガン投入してるのに世論にこんな扱いされたら不愉快のひとつも覚えるだろっていう。
それを言うとそもそもちゃんと「血も流してる」リベリオンに向かってこういう皮肉を書いているっていうのからしてまず釈然としないんだけど。

あと本編からして「アムロがエースなのは1st後半やCCAを見れば分かる。イサムがエースなのもマクロスプラスを見れば一目瞭然。でもエーリカがエースっていうのはピンと来ない」っていう印象で見てきたのが、やっぱりこっちでもそうなんだよなあ。
具体的に言うと違うストライカー、違う武器、違うパイロットで戦ってるのにどうもあまり差別化されてない。

ただキャラは可愛い。
守銭奴ながらもAとBをつなぐ鎹であり、要所要所ではカッコいいところをきちんと見せてくれる那佳、ボーイッシュな謎ジョーク好きのアイザック君、クールビューティー姫君……というには感情の振れ幅が大きい姫様、むしろクールなのはこっちだろって感じのアドリアーナ、陽気なコーラ好きのカーラ、苦労人のジェニファー、そして隊長二人。
最初は那佳と姫様くらいしか覚えられなくて(506はどいつもこいつも名前が長すぎる……)無理やり読み進んでたけど読み返す内になんとか把握できてた。
あんみつ4リットル飲んで死んでたら一大不祥事だったぞ守銭奴!
でも506結成式で死にかかってでもウィッチ馬揃えに並んで見せる決意はホントかっこよかったぞ守銭奴!
故郷に書く手紙にも愚痴一人こぼさないしメンタル面でもこいつ強いよな。左右で違うストライカーで飛べるとか技量もあるし。

最新刊で隊長じゃなくなったグリュンネ少佐がめっちゃウキウキしてたのは草生える。
「隊長の判断に任せましょう!……これ一度言ってみたかったのよねー」とか。

ブレイブもなんだかんだで面白くなってきたし、次はこっちやりませんかね?

(社説余滴)1万2千キロ彼方の自衛隊

http://digital.asahi.com/articles/DA3S12674642.html?_requesturl=articles%2FDA3S12674642.html&rm=150

 「駆けつけ警護を嫌がっているわけではありません。だけど、私たちは何を守るのかと思うことはある」

 自衛隊の幹部の一人は、慎重に、言葉を選ぶように言った。日本から1万2千キロ彼方(かなた)のアフリカの地で、命をかけることの重い意味。

 安倍政権は、南スーダンの国連平和維持活動(PKO)に派遣されていログイン前の続きる陸上自衛隊に、駆けつけ警護などの新任務を付与した。

 あくまで不測の事態への対処であり、PKOの現場で、任務の必要性があることは理解できる。これに社説で反対したのは、現地の情勢の厳しさを重くみたからだ。

 日本として急ぐべきは新任務の付与ではなく、むしろ自衛隊が撤収できる環境づくりではないか、と。

 「いつまで南スーダンにいればいいんですか」

 別の自衛隊幹部からは、そんな本音も漏れる。

 撤収に向けた出口戦略もないままに、派遣継続が自己目的化していないか。南スーダンの道路整備などのために派遣されている施設部隊。その高い能力をいかした別の活動が考えられないか。

 PKOでは、たとえば能力構築支援に力を入れる道もあると、この幹部は言う。

 南スーダンの隣国ケニアではPKOの一環として、陸自の教官団がケニア軍などを対象に、油圧ショベルなど重機の使い方を訓練している。あまり目立たないかもしれないが、平和憲法をもつ日本らしい貢献と言えるだろう。

 近年のPKOは、住民の保護を理由に積極的に武力を使っている。大規模な部隊派遣は途上国が中心だ。

 だが自衛隊は、憲法9条のもとで、そこに部隊を出し続けている。

 「自衛隊員が血を流すような国にならなければ、日本は信用されない」

 外務省の官僚と話していると、そんな言葉を聞くことがある。国連安全保障理事会の常任理事国入りをめざすためにも「PKOでの自衛隊の活動をグローバルスタンダードに近づけたい」――。

 自らの部下を送り出す自衛隊の幹部からは、あまり聞かれない言葉だ。自衛隊員の多くは、日本が攻められた時、日本を守るためにこそ、血を流す覚悟をしている。

 自衛隊と外務省の間には、思いのほか深い溝があるように見える。

 初雪舞う東京で、南スーダンで汗をかく隊員たちの無事を祈る。


 「自衛隊員が血を流すような国にならなければ、日本は信用されない」というくだりが議論を読んでいる記事である。
しかし元々湾岸戦争のトラウマ以来、外務省はルワンダでは現地の治安情報を隠蔽・操作してまでも自衛隊派遣に拘り、イラクでは防衛庁(当時)に掛け合うこと無く真っ先に自衛隊派遣を決めるなど、とにかく人的資源を投入しての国際貢献に強く執着している。
つまり元来外務省はずっとそういう姿勢で湾岸戦争後やってきたのだし、この件も「資金のみならず人的貢献も必要だ」という、それなりに普遍性があると思われる話を、たまたま過激な言い回しで表現したに過ぎない。

また評者は冒頭に出てくる自衛官幹部の意見や、文末の「自衛隊員の多くは、日本が攻められた時、日本を守るためにこそ、血を流す覚悟をしている」というくだりに対しては「国際派遣対外協力が本来任務化してもう10年だぞ」という意見のほうを強く抱く。
なんとも今更だという話で(その本来任務化そのものがおかしいという話ならまた別だが)、非常に白々しく感じる。

ただこの社説で大勢として言いたい話としては評者も同意見である。
外務省が実際に負担を受け持つ自衛隊・防衛省と十分な調整を済ませないまま海外派遣の実績作りに走ってきたことににかけては上記のようにその実績があり、先走るのが防衛省ではなく外務省であれば受け入れられるという話でもない。
十分な議論をもっと尽くすべきであろう。
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