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「黒ワニとハーモニカ」別館 バンダイがマーズジャケットをプラモにしてくれるのを待つ日記

ロボットアニメをわりと好むヲタによるブログ。 たまに少しだけ防衛問題について喋ったりもします。 あとパワードレッド・ドレッドノートHのプラモ化と、コトブキヤが有澤の雷電をプラモにしてくれるのも待ってます。

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「防衛法研究【臨時増刊号・2015年】」

率直に言って、手続き的な正しさを軽視する雰囲気がよりにもよって防衛法学会でまで主流らしいことに評者はかなりの落胆を感じている。

公式に自民党の関係者であり、また本人もそれを明示している田村重信が「安保法制がいかに法律上問題なく、現実主義志向政策として正しく、またそれに反対するメディアがいかに時代遅れの愚かな左派であるか」という自民党の見解を力説するのはまだ分かるが、「立憲主義を守り、憲法の理念を堅持しつつ歴史の評価に耐えられて、なおかつ国家・政府として国民の権利と幸福を守ろうとするアプローチだったと言える」「勿論最高裁の違憲立法審査権にも耐えうる法的論理構成であることは言うまでもない」とは褒め殺しか?と思うほどである。
ただこの論考の著者である里永尚太郎も調べてみるとその田村重信の弟子筋であるらしいのでそういう意味の理解はできたが。
また自民党内部での安保法制までの内部意思決定過程は一定の価値がある内容ではある。

しかし黒字強調をやたらと多用していかにこの決定がリアリズム上正しく、それに反対するのは時代遅れの左派勢力ばかりかということを延々と書いていた論考もあったが、書いている内容自体WILL・正論・諸君でも見られそうな話なのに往時のテキストサイトかと思うようなごてごてした装飾で色々な意味でげんなりさせられた。

総じて期待はずれとしか言いようがない。
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「ドイツ基本法と安全保障の再定義―連邦軍「NATO域外派兵」をめぐる憲法政策」松浦一夫

メモの続きとして。

「現在、冷戦後の国連に平和維持機能強化のため貢献が求められ、それを果たすことが主要加盟国の国際的責任であることはいうまでもない。しかし、平和維持機能活性化のため、国連活動への兵力提供が『政治的に』望ましいとしても、これが『憲法上』許されるか否かの問題に答えたことにはならない」206p

なぜこういうことが分かる人間が自民党の安保法制合憲論者リストに名を連ねているのか、よりにもよって八木秀次と同じリストに並ぶ不名誉に陥っているのか理解できなかったが、結語のあたりでようやくその回答になりそうな記述を見つけた。

「従来のわが国の政府見解では、『武力行使の目的をもって武装した部隊を他国の領土、領海、領空に派遣する』海外派兵は禁止されており、集団的自衛権による派兵はもとより、国連安保理決議の授権による制裁行動も特別協定締結による国連軍への参加も、すべて一律に『自衛のための最低限度を越える』武力行使として禁じられるものと解釈している。したがって集団安全保障としての制裁行動への参加であっても、現在の政府見解を維持する限り憲法違反ということになる。しかし、武力行使をその目的・効果によって区別せず、不戦条約以来禁じられる『国際紛争を解決する手段』としての武力行使も、国連憲章に容認される集団的自衛権行使としての武力行使も、さらには国連の集団制裁としてのそれも一括的に排除する政府見解の趣旨は、法律論として理解できないし、また政策論としても疑問である」

つまり元々の政府解釈に批判的な立場だった、ということになる。
それで合憲論者に回っているのかという意味では納得はいったが、この3つを法理上区別しないのがおかしいという点には同意できるが、個々に見ていっても結局現行の憲法下ではどれも難しいことには変わりないのではないかと評者は考える。

それはともかく、ドイツも安全保障環境の変化とそれに伴う政策の変遷、およびそれに対する憲法の制約という問題に必ずしも筋を毎回通してきたわけではないということが分かる。
(だから第二次安倍政権の政策も問題ない、という意味ではないので念のため)
この本の著者も法的な筋を通すべきところを通さず、憲法裁に丸投げしたドイツ政府の選択について否定的に書いているように思う。
特に連立与党内の政権党が政府に対して違憲訴訟を起こすというのはまったくわけがわからないとしか言いようがない。

インターネットのどこを調べてもレビューがなく内容が全くわからないまま購入したが、非常に得るところの多い良著だった。

「パンプキン・シザーズ 20」岩永亮太郎

今月号の連載、ページ少なすぎだろ……って思ったらこんなに単行本作業してるせいかよ。納得。

・あの……片足ちょん切れたまま戦車の上に立ってる伍長の大コマ怖すぎだろ。

・大百足といいアインシュス・ゲヴェーアといい901ウェポン邪悪すぎるだろ……インヴィジブルナイン全体で数えるとあとどれくらいこういうのがあるのか考えるだに恐ろしいんだけど…
あの対戦車ライフル、最終的に銃隊長も銃自体もグチャグチャになっちゃってるんですが……いや確かにね?カウプランにとっての901はなんなのかを考えると彼らにまともに遠距離で安全に戦える武器を支給する理由はないわけですよ。だからってこれはちょっとなんていうかさぁ……

・「所詮は敵は人間でこっちは戦車なんだから引き撃ちすればいいじゃないか」という当然の疑問になんちゅう解決策投げ込んでくるかなカウプラン。確かに言われてみると手首にまでこんなでかい傷跡残ってるのは不自然だし、「その腕をもがれても」と言っていたのは間違いないけどさあ。原因これかよ。

・蠍の皆さん。伍長の圧倒的残虐ファイトで倒されるっていうか率直に言って惨殺されるに足るだけのヘイトを稼ぎつつも、ただスカッと気持ちよくぶっ殺されるためだけのサンドバッグ役に留まらない理由付けを与えていく加減が絶妙だと思う。
なんと言うのが適切なのか悩むけど、簡単には割り切れないことを無理やり簡単に割り切らないのがいいっていうのかな。蠍の描写は。

・「とれた。くっつけてくれ」

・ジャガーノート。さんざん技術とそれが社会に与える影響とは?という話を延々やってきただけに無線で無双していくのもスカッとするのと同時にケルビム部長が今の社会にこれ出していいの……?と困惑やある種の恐怖を抱くのも非常によく分かる。
むしろどうやって伝えたんだ?!とまったく答えがない疑問に動揺しているうちに次々に味方がやられていくの、憎き蠍を蹴散らしていく帝国の無双ターンとはいえスカッとする以上に怖い。カウプランってなんなの?っていうのを端的に示されてる感じがする。
カルッセル編の頃から存在はずっと匂わされてきたけどフタを開けたらただの無線という我々の世界に普通に存在するものだったのに、「なんだよ」「ズコー」って言われないどころか「こんなもん出せるわけねえ」「そりゃあケルビム部長も悩むわ」って言われるのは作者の勝利と言って間違いない。

・ところで「蠍の王冠」はなんなんですかね。ろくでもないものが出てくる気しかしないんですが。

とにかくどんどん面白くなってきて勢いが衰えないので、下手に編集が横槍入れずにもう作者がやりたいようにやらせてあげてほしい漫画。
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