「黒ワニとハーモニカ」別館 バンダイがマーズジャケットをプラモにしてくれるのを待つ日記

ロボットアニメをわりと好むヲタによるブログ。 たまに少しだけ防衛問題について喋ったりもします。 あとパワードレッド・ドレッドノートHのプラモ化と、コトブキヤが有澤の雷電をプラモにしてくれるのも待ってます。

「吉田茂と安全保障政策の形成―日米の構想とその相互作用 1943~1952年」楠綾子

興味深い記述が多かったため、箇条書きでそれを書いていく。

・ソ連の千島列島への行動は必ずしも日露戦争・シベリア出兵への報復というナショナリスティックな欲求だけではなく、地政学的な安全保障上の問題でもあったという指摘。

・マッカーサーによる日本の非武装化案はアリューシャン・ミッドウェー・フィリピン・沖縄などの周辺地帯への米軍基地設定が前提であること。

・この時期の米国、少なくとも国務省では域内諸国の政治・経済の自立安定を確立することが共産主義の浸透防止に有効であると考えられていたこと。現在の米国の中東政策に比して先見の明があると言わざるをえない。

・憲法第九条二項による非武装での安全保障はGHQからその意向を受け取った直後の外務省においてすらその非現実性は明確であったこと。

・アメリカと安全保障上の協定を結ぶ上で起こることが予想されるソ連の反発について、日本政府が無関心であったわけではないこと。

・吉田茂が再軍備を急がなかった理由として、経済的な理由の他に「急速な再軍備はそれだけ旧軍軍人に頼ることになり、吉田の考える新国軍への理想からは離れてしまう。そのためには占領改革の下で民主主義・自由主義の空気を吸った層の比重が増えることが望ましい」とする見解。

・「朝鮮半島における国連軍の活動に対して基地を提供する」が吉田・アチソン追加公文によって極東条項に変化していく過程。

吉田茂の「再軍備は避けられずむしろ当然であるが、現在の国力では軍備を持つより経済復興に専念すべき」といういわゆる「吉田ドクトリン」が実際にはどのように政策化されていったのかという過程は評者が知っていた以上にさらに複雑で難解な道であることは非常に興味深い記述である。

ところで気になるのは、吉田の軍事問題へのブレーンたちによる再軍備計画が陸上兵力15万人で落ち着いたことと、後の鳩山一郎内閣における6ヶ年防衛計画での陸上兵力整備計画も15から18万人という数字に落ち着いているという別の先行研究での指摘(「戦後日本の防衛政策―「吉田路線」をめぐる政治・外交・軍事」中島信吾)が存在することの奇妙な一致である。
吉田茂と鳩山一郎の間で予備研究の内容をやり取りすることがあったとは思えないし、この数字を算出した吉田の軍事問題へのブレーンたちもその後自衛隊・政府に加わったというような形跡は見られない。
純粋に軍事的に日本の防衛に必要になる兵力を見積もると、立場とは関係なく15万から18万人程度という数字に集束するということであろうか?
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「下ネタという概念のない退屈な世界 11」赤城大空

無事完結。
アニメも商業的には振るわず、原作もAmazonレビュー数は少ないものの、逆にそのおかげで読者人気が出すぎて作者がそれに振り回されずにうまく終われたように思う。
具体的に言うとアンナ先輩周り、これなまじっか知名度の高い作品だったら多分彼女を巡るヒロイン論争やらなんやらで酷いことになって最終的に作品自体の評判まで下がるオチだったんじゃないかなあ。
というかまあ文字通り下ネタメインの作品なんで下手な萌えイラスト表紙作品より敷居は高いんだろうが。

・こういう展開で来たけど、特定の誰か一人をサンドバッグ要員にすることなく、前巻レビューの時書いた多様性を保ったままうまく決着をつけたことは非常によく出来てて、ここはホント凄い。20代の大学を出たか出ないかという若い作者が書いたとは思えないセンス。藻女に「あなたがすべての元凶として吊るしあげられることはないよ」「そんな終わりは僕も嫌です」と狸吉が言ってくれて、こういうところを見て「いい作品だったなあ……アニメから入ったにわかだけどこの作品を今まで全部読んで最後まで付き合ってきてよかった……」と思えました。。

・アンナ先輩も一時はどうなることかと思われたけど、人間として救われたし卑猥とはなんであるかをきちんと学んで、文字通りのセックスモンスターからちゃんと分別あるひとりの人間として成長もしたし、狸吉・華城先輩とも和解できて、これ以上なく綺麗にオチた。本当に良かった。

・後は残る不安点はハーレムエンドはちょっとなーと思っていたんですが、基本的に華城先輩エンドだけど他のヒロインはまだ諦めないかんな!というサブヒロインのファンにも配慮してうまく終われたな。
特にあのアンナ先輩が「いつか奥間君の気が変わってわたしをベッドに誘ってくれるのを待つ」なんて悠長な発言をしたのは本当にこの人に救いと成長が来て良かった……としみじみ思いました。

・「え?しないの?」

・二代目雪原の青として顔が知られた狸吉、新ヒロインのらら子に即顔バレして変装の必要性を検討するシーン。
「やはり変装は女装をデフォにすべきか……いやでも癖になるとまずいし。あれ、でもそうなったらその時は華城先輩に男装してもらえばすべての秩序は保たれるのでは……?」
駄目だこいつ早く何とかしないと……

・「走る壁」って酷すぎる(笑

・鼓修理が成長して泣くゆとり。

・下ネタ大好きのくせに自分の異性関係は乙女なんだよなあ華城先輩。
「そんなに下ネタばっかり言ってると狸吉に女扱いされなくなっちゃうっすよ」
「だ、大丈夫!狸吉は今更そんなことで私に引いたりしないもん!」

・ところで狸吉、鼓修理が相変わらずムカつくからって「お前にスポーツドリンクが全て薄めた精液に見える呪いをかけてあげよう」とかマジやめてくれ。本当にそうとしか思えなくなるだろ。

とにかく、最終巻として色々な意味で綺麗に終われたと思います。
この作者の次回作にも期待。

「防衛法研究【臨時増刊号・2015年】」

率直に言って、手続き的な正しさを軽視する雰囲気がよりにもよって防衛法学会でまで主流らしいことに評者はかなりの落胆を感じている。

公式に自民党の関係者であり、また本人もそれを明示している田村重信が「安保法制がいかに法律上問題なく、現実主義志向政策として正しく、またそれに反対するメディアがいかに時代遅れの愚かな左派であるか」という自民党の見解を力説するのはまだ分かるが、「立憲主義を守り、憲法の理念を堅持しつつ歴史の評価に耐えられて、なおかつ国家・政府として国民の権利と幸福を守ろうとするアプローチだったと言える」「勿論最高裁の違憲立法審査権にも耐えうる法的論理構成であることは言うまでもない」とは褒め殺しか?と思うほどである。
ただこの論考の著者である里永尚太郎も調べてみるとその田村重信の弟子筋であるらしいのでそういう意味の理解はできたが。
また自民党内部での安保法制までの内部意思決定過程は一定の価値がある内容ではある。

しかし黒字強調をやたらと多用していかにこの決定がリアリズム上正しく、それに反対するのは時代遅れの左派勢力ばかりかということを延々と書いていた論考もあったが、書いている内容自体WILL・正論・諸君でも見られそうな話なのに往時のテキストサイトかと思うようなごてごてした装飾で色々な意味でげんなりさせられた。

総じて期待はずれとしか言いようがない。

「ドイツ基本法と安全保障の再定義―連邦軍「NATO域外派兵」をめぐる憲法政策」松浦一夫

メモの続きとして。

「現在、冷戦後の国連に平和維持機能強化のため貢献が求められ、それを果たすことが主要加盟国の国際的責任であることはいうまでもない。しかし、平和維持機能活性化のため、国連活動への兵力提供が『政治的に』望ましいとしても、これが『憲法上』許されるか否かの問題に答えたことにはならない」206p

なぜこういうことが分かる人間が自民党の安保法制合憲論者リストに名を連ねているのか、よりにもよって八木秀次と同じリストに並ぶ不名誉に陥っているのか理解できなかったが、結語のあたりでようやくその回答になりそうな記述を見つけた。

「従来のわが国の政府見解では、『武力行使の目的をもって武装した部隊を他国の領土、領海、領空に派遣する』海外派兵は禁止されており、集団的自衛権による派兵はもとより、国連安保理決議の授権による制裁行動も特別協定締結による国連軍への参加も、すべて一律に『自衛のための最低限度を越える』武力行使として禁じられるものと解釈している。したがって集団安全保障としての制裁行動への参加であっても、現在の政府見解を維持する限り憲法違反ということになる。しかし、武力行使をその目的・効果によって区別せず、不戦条約以来禁じられる『国際紛争を解決する手段』としての武力行使も、国連憲章に容認される集団的自衛権行使としての武力行使も、さらには国連の集団制裁としてのそれも一括的に排除する政府見解の趣旨は、法律論として理解できないし、また政策論としても疑問である」

つまり元々の政府解釈に批判的な立場だった、ということになる。
それで合憲論者に回っているのかという意味では納得はいったが、この3つを法理上区別しないのがおかしいという点には同意できるが、個々に見ていっても結局現行の憲法下ではどれも難しいことには変わりないのではないかと評者は考える。

それはともかく、ドイツも安全保障環境の変化とそれに伴う政策の変遷、およびそれに対する憲法の制約という問題に必ずしも筋を毎回通してきたわけではないということが分かる。
(だから第二次安倍政権の政策も問題ない、という意味ではないので念のため)
この本の著者も法的な筋を通すべきところを通さず、憲法裁に丸投げしたドイツ政府の選択について否定的に書いているように思う。
特に連立与党内の政権党が政府に対して違憲訴訟を起こすというのはまったくわけがわからないとしか言いようがない。

インターネットのどこを調べてもレビューがなく内容が全くわからないまま購入したが、非常に得るところの多い良著だった。

「パンプキン・シザーズ 20」岩永亮太郎

今月号の連載、ページ少なすぎだろ……って思ったらこんなに単行本作業してるせいかよ。納得。

・あの……片足ちょん切れたまま戦車の上に立ってる伍長の大コマ怖すぎだろ。

・大百足といいアインシュス・ゲヴェーアといい901ウェポン邪悪すぎるだろ……インヴィジブルナイン全体で数えるとあとどれくらいこういうのがあるのか考えるだに恐ろしいんだけど…
あの対戦車ライフル、最終的に銃隊長も銃自体もグチャグチャになっちゃってるんですが……いや確かにね?カウプランにとっての901はなんなのかを考えると彼らにまともに遠距離で安全に戦える武器を支給する理由はないわけですよ。だからってこれはちょっとなんていうかさぁ……

・「所詮は敵は人間でこっちは戦車なんだから引き撃ちすればいいじゃないか」という当然の疑問になんちゅう解決策投げ込んでくるかなカウプラン。確かに言われてみると手首にまでこんなでかい傷跡残ってるのは不自然だし、「その腕をもがれても」と言っていたのは間違いないけどさあ。原因これかよ。

・蠍の皆さん。伍長の圧倒的残虐ファイトで倒されるっていうか率直に言って惨殺されるに足るだけのヘイトを稼ぎつつも、ただスカッと気持ちよくぶっ殺されるためだけのサンドバッグ役に留まらない理由付けを与えていく加減が絶妙だと思う。
なんと言うのが適切なのか悩むけど、簡単には割り切れないことを無理やり簡単に割り切らないのがいいっていうのかな。蠍の描写は。

・「とれた。くっつけてくれ」

・ジャガーノート。さんざん技術とそれが社会に与える影響とは?という話を延々やってきただけに無線で無双していくのもスカッとするのと同時にケルビム部長が今の社会にこれ出していいの……?と困惑やある種の恐怖を抱くのも非常によく分かる。
むしろどうやって伝えたんだ?!とまったく答えがない疑問に動揺しているうちに次々に味方がやられていくの、憎き蠍を蹴散らしていく帝国の無双ターンとはいえスカッとする以上に怖い。カウプランってなんなの?っていうのを端的に示されてる感じがする。
カルッセル編の頃から存在はずっと匂わされてきたけどフタを開けたらただの無線という我々の世界に普通に存在するものだったのに、「なんだよ」「ズコー」って言われないどころか「こんなもん出せるわけねえ」「そりゃあケルビム部長も悩むわ」って言われるのは作者の勝利と言って間違いない。

・ところで「蠍の王冠」はなんなんですかね。ろくでもないものが出てくる気しかしないんですが。

とにかくどんどん面白くなってきて勢いが衰えないので、下手に編集が横槍入れずにもう作者がやりたいようにやらせてあげてほしい漫画。

メモ「ドイツ基本法と安全保障の再定義」松浦一夫

ドイツにおける防衛問題の主管は誰が担当するのかという話。

「基本法第65条は、『政治の基本方針(政綱)』の決定を連邦総理大臣の権限としている。(中略)しかし、他方で基本法第65条は、複数の所管にわたる重要決定は、合議機関としての連邦政府の合議による決定に委ねられる旨定めている(第三、4文)。(中略)体系的に見れば、連邦軍の対外的出動決定も、合議体としての連邦政府の権限下にあるものと見るのが妥当であり、大方の学説の支持するところである」
「軍隊出動決定権の帰属がはっきりしたところで、出動決定が防衛上の緊急事態や同盟上の緊急事態の確定とどのような関係にあるのかを問題にしなければならない。(中略)規定の曖昧さも手伝って、ドイツの憲法学説は、この点について見解が大きく分かれている」
「防衛上の緊急事態の確定が、連邦軍の防衛出動の必要条件であるか否かについて、これを肯定する学説は、大要次のような根拠を持ち出す。-民主国家においては、条約締結など重要な対外作用には、議会の同意・承認を必要とするのが通例である。軍隊の出動決定は、国家の生存にかかわる重要な対外作用であり、当然に国民代表機関の同意・承認を必要とすべきである。また、法治国家においては、国による国民の権利の侵害は法律に基づいてのみ許され、立法府の決定に委ねられている。軍隊の防衛出動の下令は、国民の生命・財産に重大な影響を与えるものであり、自国の国家機関の決定により惹気される全国民的危険に対しては、当然に法治国家原理により立法府の同意を要するものと解さねばならない-。
この説を支持する論拠として、次のような点が挙げられている。①同盟国支援のための軍隊の出動は、場合によっては、紛争の拡大激化の危険を内包し国家・国民全体の運命を左右するものである。国民が国家の最重要決定に議会を介して関与できないのであれば、国民主権原理(基本法第20条2項)は意味を失う。②、ドイツが同盟国支援義務により参戦する場合、連邦領域が敵国の反撃対象とされる可能性は大きい。
その結果、政府の独断的な派兵決定により、防衛上の緊急事態を自ら惹起することになり、基本法第115a条第1項に基づく議会による防衛上の緊急事態の確定を、政府が先取りしこれを無意味化することになってしまう」158―160p

著者はこの後軍隊出動決定政府専管論を紹介しつつ、「文理解釈として、また三権分立制の『機能-法的』理解に基づく軍事的合理性の観点からすれば、軍隊出動決定政府専管論に説得力があるが、国民を戦争に巻き込むおそれのある決定から国民代表機関の関与を完全に排除してしまうことが憲法政策上妥当ではないことも、多くの論者が指摘するところである」と述べている(162p)。

この記述、まさに非常事態対処が大統領の専管事項とされ議会がまったく関与できないロシアを思い起こす。
付け加えると日本も一度国会は防衛出動を審議承認すると、その後に首相の指揮権に関与できるような規定がなく、ただ首相が自らの判断で自衛隊を撤収してくれるのを待つ以外なにもできないという法体系になっているのでロシアを一方的に笑ってもいられない。

「沖縄現代史 米国統治、本土復帰から「オール沖縄」まで」櫻澤 誠

一部在沖メディアや学者に見られる、本土のそれをさらに煮詰めたような反軍・反米的記述に辟易するものはあったが、(付け加えるなら、恥ずかしながら評者がその筋と翁長現沖縄県知事を始めとする歴代県知事らの意見が違うことを把握できたのもそれほど昔ではない)、具体的にはどうなのか?ということを知る機会がなかなかなく、そんなところでこの本を知り、ざっと見て信頼できそうな著者だということで購入。
非常に得るところが多い良著だった。
まず沖縄における保革対立というのは明確に二つに分けられるほど単純でもなければ、片方が勝ってももう片方を大差で破ったというケースが多いわけでもなく、沖縄県民の民意なるものを安易に読み取ろうとすると著者が後書きで書いているようにとんでもない方向に向かう。

また日米安保・自衛隊をめぐって県民が示しているのはこれ以上の負担増大への拒絶と基地漸減であって、日米両軍の全基地即時撤去や日米安保条約そのものの破棄といった極端な主張ではない。(翁長知事の公式ホームページにおける政策リストでもその旨が記されている)
むしろそれらの存在自体はやむを得ない、必要とみなされている。
また基地がなければ経済的に立ち行かないという見方も事実に即していないというのは非常に興味深い点だった。

沖縄戦への県民の理解については、評者は完全に杜撰な見方をしていたと言わざるを得ない。
「第二次大戦で戦死者10万人なら他にいくらでもある規模だろう」くらいの認識でいたのだが、40年の沖縄総人口57万4579人に対して(沖縄県民の)戦死者12万2228人と書かれると、あれほど沖縄戦をめぐって敏感に反応する意味も分かる。

ただ、普天間移設については評者はやはり辺野古しかないのではないかと考えており、それについては前と変わらない見解である。今から県外移転といっても受け入れ先を探す政治的な時間も余力も薄い上、現在の情勢で在沖米軍兵力を減らすというのはアチソンラインの二の舞いになるのではないかと考える。
ただそれならそれで相応に地元に十分な説明と折衝を重ねるべきで、現在の第二次安倍政権の手法はまったく支持できない。
ただでさえ沖縄が飲みにくい辺野古移設を受け入れさせるなら相応の対価を用意すべきで、具体的に言えば日米地位協定の(「運用見直し」ではなく)協定改定、特に沖縄にとって大きな不満である犯罪米兵・軍属・その家族他の裁判権を日本側に取り戻すくらいの抜本的で大胆なことをする必要があるのではないか。
もっとも、犯罪米兵その他の裁判権を日本側に戻すというのは「日本の刑事司法制度は被告の権利を十分に守っている」という点で米側と合意できないと達成できない難題で、その司法制度改革がはっきり言って完全に行き詰まっているのでそれも難しいのは事実ではあるのだが…。

以下脱線。
ドイツではそれを合意できたので52年の旧ボン補足協定を改定して98年の改定補足協定で駐留米兵その他への刑法適用除外規定を削除するなどの法改正ができた…というのはよく引用されるのだが、これが微妙なところで、そもそもボン補足協定、つまり米独地位協定は被占領国に対する占領国の特権として始まった法規である。対して、日米安保条約は少なくとも建前の上では独立国同士の相互条約である。
旧ボン補足協定の改定は冷戦終結でもはや占領国としての法的特権を維持する正統性が失われたというのも理由の一つだ。
またドイツが冷戦後地位協定を改定できたのは冷戦の間ワルシャワ条約機構軍の最前線に立たされるNATOの前線として積極的に防衛負担を引き受けてきたことや、冷戦終結後のNATO域外派兵意見問題で混乱するドイツ国内政治への援護射撃という側面もあり、また日本の国内法は軍事的必要性をまったく無視して作られており(実質上の)自国軍たる自衛隊の運用でさえ支障が多く、武力攻撃事態対処関連3法案で延々と適用除外規定を作り続けなければならなかったことを考えると、「米軍への国内法適用/適用除外規定廃止」は一体どうやるのかという疑問もあるので単純には比較はできない。
ただ、率直に言えばやはりもどかしいものは否めない。

非常に示唆に富む良書。

「コードギアス 亡国のアキト 最終章 愛シキモノタチヘ」

正直期待値はまったく高くなくて、まがりなりにもちゃんと本編2期に繋がるのかどうかを確かめに行く程度のつもりだったけどそれでもまだがっかりだったってくらい。

・気軽にオカルト的超常現象起こしすぎ。
一度死んだ司令室の面々が時間遡行して生き返ったりとかはもう途中から「あーこれ絶対日和ってタイムリープしてでも生き返らせるな」って思った。
あのシンがここまでに殺した連中が語りかけてくるのもなんなの…
最後のアシュレイワープとかスマイラスを処理するために困って適当なキャラに適当に殺させた感ありありだよ。てかあれアシュレイは何がどうしてワープしてるのか把握してるみたいな感じだったけどそれどういうこと?
あとあのシーン、旗に墨でカタカナでアシュラ隊って書きなぐってあったけどブリタニアって公用語英語でしょ。

・レイラのギアスは結局なんだったのさ。

・シンのギアスも両目覚醒したけどそれ何がどうなるの?とか結局アキトに効かなかった理由なんなの?とか細かい疑問は残る。

・アレクサンダ・リベルテとレッドオーガも十分に固有のギミックやアクションを披露できずじまい。インセクトモードのインパクトがありすぎたのもあるとは思うけど……
ホントKMFは二足歩行で直立して戦闘させると全然ダメだね。

・ウェルキンゲトリクスの緑色のビームサーベルは一瞬驚いたけどあれはブレイズルミナスか。確かに時期的にはもうあるな。
むしろ武器転用がこいつのサーベルとパーシヴァルのドリルとコンクエスターの脚カッターしかないのが意外……って結構あるか。

・結局世捨て人コースに入ることで襲い来るラウンズたちとシュナイゼルの魔の手から逃れたってのはまあ悪くないけど。
でもアシュラ隊までついてきてるのはなんでや。

・ルルーシュの首を締めようとするスザク。あれもう絞め殺しちゃってもいいくらいの怨恨あるんだけど結局スザクは人がいいから殺せないんだよなあ……

戦闘シーン見るためだけの現代版0083みたいな認識だったけど、その戦闘シーンまで面白くなくなったら見どころ残らないやん。
アシュレイのEU軍制服姿が衣装チェンジ面白いねってくらいだったぞ……
ただ明確に一点褒めるところがあって、この手のミッシングリンクにありがちな独自の面白さを追求しようとしていくうちに気がついたらオーパーツ化している現象は避けられたのはよくやったよ。最後までアレクサンダとアキトはランスロットと戦ったら勝てないんだろうなあという感じはあった。

「アイドルマスターゼノグラシア 熱唱!巨大ロボットアニメソング 嵐/無敵」

前から気にはなっていたのですがようやく購入。
とはいってもゼノグラシア自体は見たこと無くて、女性声優のロボットアニメソングカバー曲目当てですが。

・斎藤桃子版「疾風ザブングル」
いや斎藤桃子に歌わせるんだったらもっと他に彼女に歌わせるのに向いてる曲あるでしょ……なんで串田アキラの曲なんて選ぶの……という感じ。でも冷静に聞いてみるとイントネーションは結構忠実かも。

・清水香里版「ダンバインとぶ」
低めの声出す女性声優なのでMIOの曲もなんとかこなせる(清水香里がどうこうというよりMIOが力強すぎるんだが……)感じ。シグナムのイメージが未だに強いので剣振るうダンバインOPが似合うという俺の勝手なイメージ補正もあるかも。

・喜多村英梨版「炎のさだめ」
ボトムズファンからはさんざん酷評されてしまった一曲。ぶっちゃけキタエリはなんも悪くねえよ。この作品のこの曲を女性にカバーさせようっていうのがそもそも無理ある。

・櫻井智版「エルガイム -time for L-GAIM-」
逆に元のMIO(現MIQ)の恐ろしく力強い声のおかげでこっちは違和感ある。流れるような滑らかな歌い方の「show me the way to you」、原曲だと一句一句をかなり力強く区切って歌ってるのでなんかしっくり来ない。

・堀江由衣版「メロスのように」
元々アイドルソング的な雰囲気もある上に高い声の曲なので女性声優がカバーしても違和感は薄め。しかし他人がカバーしてもやっぱり「(ジャジャジャッ)ロリウェーイ」になるのなこれ。

・井口裕香版「ドリームシフト」
これも元々柔らかい感じの声の女性ボーカルが歌ってる曲なので女性声優がカバーしても違和感はあまり感じない。むしろこれ本当にいぐちくんなの?という疑問の方を感じるくらい。加賀岬と同じボーカルなんだよなというのが釈然としないぞ。

アイアンリーガーは原作未見に付き言及不能なので省略。
結構聞ける感じで悪いもんじゃあないかな。