「黒ワニとハーモニカ」別館 バンダイがマーズジャケットをプラモにしてくれるのを待つ日記

ロボットアニメをわりと好むヲタによるブログ。 たまに少しだけ防衛問題について喋ったりもします。 あとパワードレッド・ドレッドノートHのプラモ化と、コトブキヤが有澤の雷電をプラモにしてくれるのも待ってます。

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

「臨時軍事費特別会計 帝国日本を破滅させた魔性の制度」鈴木晟

太平洋戦争に至るまでの歴史を財政的な視点で見る本。
冒頭100p程度は非常にくだらない自由主義史観的な満州事変の正当化やソ連の全世界同時革命への陰謀で埋まっているが、腹切り問答の浜田国松と反軍演説の斉藤隆を「数少ない『空気』に負けない高潔な人士」として非常に持ち上げているところを見るに、さすがに倉山満や渡部昇一あたりの真性の資源の無駄遣いよりはましではある。

それはともかく、臨時軍事費特別会計による議会審査の空文化はすさまじいものがある。
長くても一ヶ月、短いと3日程度で通過している。
このあたりはいまいち掘り下げが浅く(というよりただその事実を指摘するのみにとどまるも同然)、アマゾンレビューで大蔵省の財政史のほうがよほどきっちり書いているという指摘があるのもうなずける。
もっともその大蔵省の本は調べた限り市価10000円を超えているのでこの本が出版された意味もないわけではないようにも思う。

個人的に一番印象深かったのは戦時統制経済下の国民生活である。
昭和13年から14年の一年間で統制違反による取調べを受けた人間は全国で225万人を超えているが、これは現在窃盗犯として検挙される人員の認知件数より100万弱ほど多い(平成23年で150万人程度)数字で、つまり現代における窃盗犯よりはるかにありふれた犯罪だったということになる。
大阪の酒屋では4ヶ月間で2550樽の酒を販売したものの、うち829樽は実は水を詰めて売っていたという話もあり、太平洋戦争が始まる2年も前の時点でこのありさまというのは非常に何とも言えない気分になる。

期待し過ぎると空振りになる内容で実際評者も空振りした気分はあるが、まったくの無駄遣いでもなかったという程度には面白かった一冊。
スポンサーサイト

80年台作品2つ

完走したけど感想を書いてなかったことを思い出した作品ふたつ。

・ダルタニアス
話の骨子は典型的な貴種流離譚のはずなのにその剣人が血統にこだわらなすぎワロタ。
いやそこが気持ちいいんですけども。クローン騒動の時なんか「これで持ちあげられなくてせいせいする」とまで言ってなかったか。
個人的に好きなのは瀕死のクロッペンを見て「確かにこいつはふてぇ悪党だ、姉貴やおちゃめの家族を殺した、みんな殺した。でも奴はそれを償おうとしてる、俺達やアダルスを何度も助けてくれた」
と泣きながらアール博士に助命を懇願するシーンですな。
そういうとこほんとこいつ江戸っ子だよなあ。作劇としてちゃんとクロッペンの悪行を明確に剣人に認識させてるのもいいところ。そういうとこうやむやにして、ちょっといいことしたからと前科をまるっと流してすっかり善人扱いになっちゃうと違和感ある。
ちゃんとクロッペン「愚かだった私を許してくれ」と言ってるし。
そのクロッペンも自分の無価値さに絶望させられたのを剣人の言葉で「クローンだからなんだってんだ」と再起するの、なんかすごく好き。
最期のカブトとの戦いで「思い知ったか生体部品!これが貴様に相応しい最期だ。人並みに生まれなかった己を恨むんだな!」と嘲笑されたのを「例え生まれがどうであろうと、人間の価値に変わりはないはずだ!」と一矢報いて(カブトは倒せなかったけど)、死に瀕した自分の生きたいという願望を「ハーリンに私の臓器を移植しろ」「そうすることでしか私もハーリンも助からないし、そうすれば私もハーリンも生きることが出来る」という形で告げて、ハーリン王子を助けるという流れとか。
結局本来クロッペンが作られた目的通りの最期にはなっちゃったけど、その最期はちゃんとクロッペン本人も救われて死ねたと思う。
単純にドルメン憎しでただ剣人たちがドルメンと戦ってるから、というだけで剣人たちが似たような下衆だったらハーリンに自分の臓器を移植しろとは言わないだろうし、まして今際の際の台詞が「銀河の明日に栄光あれ!」「ハーリンに栄光あれ!」になったりもしないやろ。

てか最後の最後で明かされるエリオスの秘密がね……。クロッペン悪役だけど気の毒でもあったからドルメン許せん、がドルメンも悪役だったけど気の毒でもあったになってしまうという。
いやクローンとしての屈辱を熱く語っておきながらその自分もクロッペンを同じように「クローンとかwwwただの道具だしwwwいいからクローンごときは俺様のために死ねよwww」という扱いしてたのはどう言い訳するんだてめえという話ですが。
一度も原作を見ないまま直接DVDBOXを買うという分の悪い賭けでしたが、非常に面白かったです。
とにかく剣人の江戸っ子気質が見てて気持ちいい作品だった。


・トライダー
とにかく「作劇上のリアル」という話をよくこのブログではしていますが、これもそれをよく追求していた作品でした。
単にミサイル撃つと経費がかかるという話が出る、ということに対してではなく、どうして小学生のワッ太が社長社長とみんなから呼ばれてちゃんと尊敬というか上司としてみんな接しているのかという点に対する「作劇上のリアルさ」、見ていて疑問に感じたこと一度もない。
40度の熱でぶっ倒れているのに自分ら社員の出張先にメカロボット出てきたら頼まれもしないのにトライダーで助けに来てくれる社長だもん、そりゃあみんな敬うわ。
そういう社長と呼ばれるに値するだけの「作劇上のリアル」を追求している(単純に「説得力」と言い換えてもいい気が最近してます)一方で、小学生らしい子供っぽさもちゃんと描かれてる。
好きなのはワッ太の誕生日回、みんな年末で忙しいので自分の誕生日なんか忘れちゃってると思い込んで「なんだよ、普段は社長社長と持ち上げておいて」と1人で涙してしまうワッ太からのメカロボット倒して戻ってきたら会社に電気がついてるけどなんだろ?→実はみんなワッ太の誕生日パーティの準備で忙しかったオチ、普通に感動した。
特に日頃あんまり仕事してない印象がある木下さん、この回でも内職してて「……まあうちは給料安いからなあ」とワッ太にぼやかれていたのが実はその内職はワッ太の誕生日ケーキ買うためという。
あとその前の回で出てきた鉄っつぁんの養子がちらっと出てくるんですが、ワッ太に「いつも父がお世話になってます」とプレゼント渡すのに「あ、ちゃんと鉄っつぁんとこに馴染めたんだ、よかった」とほっとしましたね。
あとちゃんと公的な対外接触の時は敬語で喋れるワッ太、社会人ですわ。

一見守銭奴みたいな印象さえ受けかねない専務もワッ太がピンチになるとそろばん放り出して「それっ、社長の窮地をお助けしろ!」と張り切り出すし、最終回でメカロボット出てこなくなったのを「仕事なくなる」と嘆くのではなく「これで社長を危険な目にあわせずに済みます」と喜んでるの、すごいちゃんとまっとうな感性持ってるなあ……と感心する。
ちゃんと社長と社員がお互いを助け合っている関係なので見ていて安心できる。

大門先生も好きなキャラでした。
一見規則にうるさいだけの人に見えて、剣道回とかバシバシワッ太たちをしごいてはいるけど「こういう厳しさを経験して、それに負けない強い人間になって欲しい」という教師として非常に健全な良心の産物なのが明確に示されてるし、ワッ太もそれは解ってるから表面的にはうるさいなーとか言っても本質的なところで大門先生を嫌ったり馬鹿には決してしない。
まあこういう「良心」はヘタすると虐待や超過労働の正当化に使われてしまう諸刃の刃なんですが、大門先生は基本的にやりすぎないし、スキー合宿で生徒が遭難した時全力で責任を持って子供たちを守ろうとしたりとか、単純にこの人はいい人なんだということが分かるのと、三重子先生絡みのお間抜けイベントで憎めない三枚目っぷりを出してるのがポイントかなーと。
しかしシャトルに乗せてもらった時はしゃぎすぎてワッ太に注意されちゃったのはワロタ。

とにかく見ててほっとできる作品でした。

「巡ル結魂者 3」秋田禎信

・本人が意識している限り絶対に傷つけられないし動かすことも出来ないというチート防御性能を「関節技をかけて捕獲する」という使い方をする秋田の発想、イエスだね!
確かに絶対に抜け出せないんだから効果的だわ。

・あとメイゴリの「戦闘中にしゃっくりさせて隙を作る」という魔法の使い方。
一見ギャグっぽいけどこれも効果的なんだよね。思えば足の小指だけ曲げる魔法とか使ってた。

・エコ、ほんと猫っぽくてかわいい。
なのにあの挿絵なんだよ……「喉に手を当ててる」と書いてあるのにぱふぱふしてるだけで手が喉に当たってないんですけど……

・カズトの立ち位置とその人間性、巻が進むごとに面白くなってくる。
単なるチートスペックってだけじゃなくて若さゆえの思い上がりというかミスも多いけど、こいつはちゃんとそのことを誰に指摘されるより早く自分で気づいて反省できるのが好感持てる。

・戦闘になると音で気絶するだけの簡単なお仕事をしていたハナちゃんがまさかの「耳栓をしてくる」というパワーアップを遂げて帰ってきたのに感動。

・相変わらず秋田の能力バトルはひねった能力が多いので読んでて楽しい。今回だとヴェノムトロンリンカとかエクシンドータスリンカとか。ていうかあの性格であの能力は凶悪だなヴェノムトロンリンカ……

比較的秋田の作品の中ではライトな作風なので、秋田節濃度がっつりなオーフェン4部の直後に読んで大丈夫かと思ってたら普通に面白くてよかったです。

夜のハイウェイ、星は黒 エンジン全開 完全無欠のパトローラー!

・プリヤ2期、案の定百合アニメとして認知されてるっぽい。
いやあの3人は全員士郎が男として好きなんですよ……あとバゼットさん早く出てきてください。お前の無双が楽しみなのだ。
今のままではただの「Fateキャラで魔法少女パロディ(百合もあるよ)」というだけなのだ……

・百合といえば熊野はなんで鈴谷と百合カップル扱いされてんだろ。
鈴谷が「これで熊野にゃ負けないね」「熊野はうまくやってるかな」と言う以外この二人絡みないのに……
ぶっちゃけ中身をきちんと見ないでただ見た目と大雑把な属性だけでカップル化されてるとしか思えないし、個人的に百合を受け付けないという以上にそういうのはなぁ。
それ言ったら杏さやとかまどほむもそうだけど。特に前者。
あと(二次創作の)熊野、そういう捏造の百合カプネタとあと南斗水鳥拳ネタ引いたら何が残るんですかね。
いや熊野本人はちゃんとお嬢様キャラ+謎の奇声でキャラ十分立ってるんだけど……

・北斗の拳、久しぶりに初期読んでみたらケンシロウすごい小物臭いというか自己顕示欲強くて笑った。いや悪は許さねえ精神は最初からちゃんとあるんですが、自分の腕前を鼻にかける台詞とか中期以降にはなかった気がする。
というか適当なその場限りの技多すぎだろ初期の北斗神拳。南斗列車砲や南斗人間砲弾をあまり笑えな……いやあのあたりは根本的に拳法でもなんでもないからやっぱ別か。

夢は夢で終わらない(にょわにょわにょわにょわ)

プレバンからリニューアル版超合金VF-25用トルネードパック届いたけど、肝心のそのリニュ版超合金VF-25本体がないのにトルネードパックだけ先に届いても、その、なんだ、困る。

・BLACKRXの話をネットですることになったので、「おいおいRXの面白さは強さじゃねーだろ次郎さんのキレッキレのアクションだろー」と思って自分の感想見なおしたらRXつえーしか書いてなくて我ながらショック。
いやね、あのリボルクラッシュの異様なまでの力強い刺し方とか変身名乗り時の決めポーズのキビキビした動きとかね、RXの面白さはそこなんですよ。RXの強いというイメージもあのアクションあってこそだろと。
へっぴり腰でちょんと刺すだけの技だったらリボルクラッシュここまで「強い」というイメージできなかったと思う。次郎さんのあのアクションだから「強い(小並感」というイメージになるのであって。むしろアクションはあそこまで気合入れてブッ刺してるのに設定では弱いとかやられるほうが説得力ないわってレベル。(そういう意味でこれもよく俺が言う「作劇上のリアル」の一環だと思う)
RXキックとか「バク宙しつつ前方ジャンプで横ひねりドロップキック」という文字だけでは伝わらない気がひしひしとする超アクションだし。
次郎さんほんとすごいっすよ。

・アルジェントソーマ14話久しぶりに見てるんですが、議長の「この場に政治的駆け引き持ち込むな」発言くっそうける。 
そもそもフューネラルという組織を作っての対エイリアン戦そのものが政治的駆け引きの産物で、議長はそのこともあのエイリアンがなんなのか、何をしに地球に来ているのかなんで巡礼ポイントにどいつもこいつも向かって行くのか、一切合切全部知ってんのに白々しいったらありゃしないw
まあその議長は確か最終回ではそのへんがバレて謎の自殺(棒)遂げるはめになってましたが。
ところでこの回は創作における政治劇の良い見本だと思う。対エイリアン戦も政府と軍部の政治的な駆け引きの中にあるよ、人類も一枚岩じゃないよってことを示してる回だから。
単純に創作の中で政治描写をやるのが面白い政治劇、ではない。
そういう意味でArk漫画や南瓜鋏、オーフェン4部の政治劇は面白い。「その作品世界の中で行われる政治模様」を描いた政治劇だから、ちゃんとその作品の中でやる意味がある。アルジェントソーマ14話もそれ。
沈黙の艦隊も(連載初期の政治劇パートはさておき)ここまで政治家が自分の理念にのみ基づいて政治出来るもんじゃないだろ、もっと色々現実の要素に修正されていくもんだろ、という単純化を行っているという意味では(キーチVSと同じくらい)現実的にはありえない、単純にされてしまった政治描写なんだけど「こうだったらいいよね」という願望はけっこう同意できるし、作劇として特定の誰かだけ(この作品で言うならカイエダとそれに賛成する竹上ら)を格好良くするために単純化しているわけではないから面白く読める。ちゃんと対立する海渡やベネットも格好良く描かれてる(少なくとも絶対正義の主人公様に歯向かうグズのノータリンなアホとして描かれてるわけではない)から。
これが一方的に特定の誰かをageるため(に特定の誰かをsageる)だけの単純化だとやっぱり「……政治ってそういうもんじゃなくね?」という感想になる、というよりそれ以外のコメントが出ない。
その意味で沈黙の艦隊の政治描写はとても面白いけど「リアル」とかそういう褒め方は違うだろ、と思いますね。

アルジェントソーマの話に戻しますと、あのオチを知ってから見返すと「こんだけやっといて人的・物的損害が実は無駄でした、とかになったら絶対許されんよね」という台詞がすごく……意味深です……。
巡礼ポイント実はユーリの家があるだけでエイリアンは家に帰ろうとしてるだけでした、だもんなあ。
ついでに13話も一緒に見たんですが、この回はコマンダーから脱出を促されるも「わたしたちの階級章は流行りのアクセサリーではありません」の一言で拒否して任務続行の意志を示すオペレーターたちかっこよすぎ。
てかね、コマンダーもすごくいろいろ印象的なんですよ。スパロボに出たらぜひ「ようこそフューネラルへ、ミスターエイリアン」とかDVE化してほしいなーって思ってたのに紗ゆりさん早逝されちゃって……。
早くスパロボに出ないかなアルジェントソーマ。もっと知名度上がって欲しい。

・GJ部見てるといつも思うんだけど、どうして紫音さんこんなやたら性的なんだろ。
スタイルは確かにいいけどそれを劇中で強調されてるわけでもないし、露出度が高いとかエロい格好してるわけでもないし、エロ台詞を言うわけでもないのになんかやたら性的。つまりエロい。
なんというかね、ただ肌色成分上げることだけがエロスじゃないんだなーっていうのを紫音さん見てると感じますよ。
3話のキョロの身体ぺたぺた触って「冷血女もたまには役に立つだろう?」ってあのシーン、最後の「……すまない、熱くなってしまった」という露骨なエロ台詞を待つまでもなく異様にこの時の紫音さんエロいもん。
キョロの奴ほんと羨ましいなあ……でも俺にはあそこまで気遣いの達人にはなれないしなー……まあみんながキョロのこと好きなのも納得だよね……特に紫音さんと部長。

でもGJ部、ただ「ゆるい日常系」「ストレスフリーの作品」として疲れる現実からの逃避先としてしか見られてない側面も結構ある気がしてなんかもの寂しい感じはあるなあ。
ぶちょーとキョロの絶妙な距離感とか紫音さんの妙なエロさとかを楽しむ作品だろ、と思ってるので。少なくとも俺はそこにこの作品でなければならないところを感じるからGJ部を見ているので、ただまったりした日常系でさえあればなんでもいいや、的に消化されるのはなんかファンとして悲しい。それだけでいいんだったらGJ部でなくてもいいやんって思えてしまう。

「マスターファイル ウォーカーマシンザブングル」

マスターファイルって劇中で出版された書籍という体裁で出るけど、本を書いて出版するという概念があまりなさそうなザブングル世界でどうやるんだ?と思ってたら本編から数百年後の文明がもっと復興した時代になってから書かれた本という大技使ってきたのに爆笑しました。

・カーゴ一家とビッグマンの名前は出てくるけどジロンの名前は出てこないっていうの、モキュメンタリー的に面白い。
多分当時のシビリアンには文字で書いて遺しておくっていう概念なさそうだったし、ジロンがどんなことをしたかは伝わってもそいつは何という名前なのかは忘れられちゃったんだろうな。

・まあそのわりにコトセットの名前は出てくるのはどうなのかと思いますが。普通にカーゴ一家のメカニック、でよかったんじゃないの?

・WMの操縦方法、そんなの具体的に説明しようとしてもおかしなことになるだけだろうからやめたほうが……と思ったら意外とまともな形になってよかった。
でも信地旋回・超信地旋回のやり方はシビリアンにそんな複雑な操作とっさにできるの?

・ウォーカーマシンの交戦距離は実際には100mくらいだったっていう記述あるけど、確かに本編で長距離射撃やってた記憶ないな。

・ザブングルタイプ、複雑過ぎる変形合体機構のおかげで後期ロットではそれオミットしたやつ作られちゃったっていうのに笑った。

・アイアンギアーの変形、途中で止まっちゃったらもうどうしようもないからコトセットはやりたがらなかったっていうの、言われてみるとその通りだよなあ。
あの状態で途中で停止したらもはや何もできん。

・さすがのイノセントでも100m超えのWMを通常WMと同じように駆動させる油圧機構作るのはとてつもない挑戦だった、ってこれもその通りだよね。
ただ変形ロボ作るだけならどうとでもできるだろうけど、(ややこしい部分はブラックボックス化されたコンピュータ制御に任せるとしても)シビリアンの技術レベルでもちゃんと整備できる油圧式のやつでそのサイズの変形ロボ作らなけりゃならんのだから。

・イノセントのシビリアンの文明・技術レベルコントロールがかなり細心の注意を払って行われていたことを示唆する記述が随所にあって面白い。

マスターファイルシリーズに外れなし。

ロボアニ・ゲームの数字に関するよもやま話

・「センチネル」Ex-Sガンダム重すぎ。
素Sガンダムの全備重量が73.0tなのに、Ex-Sガンダムは162.5t。
つまり強化型バックパックとリフレクターインコムユニットとプロペラントタンクと胸部Iフィールドユニットの合計重量だけでSガンダム本体より重いってことになるじゃないの。
アナハイム・ジャーナルでEX-Sがラサ付近の夕焼けを眺めてるイラストあったけど、こいつ1G下で直立できるんだろうか。

・「0083」ラスト2話ウラキとガトー戦いすぎ。
デンドロがノイエジールと交戦開始したのが11月12日1006で、ガトー戦死は翌13日0119。
この間アイランド・イーズ制御室突入以外でコクピットから一度も降りてないんですが、あの二人……
ちなみにタイムスケジュールで見るとウラキは実戦デビューからアイランド・イーズ戦までたった一ヶ月だったりもします。

・「ZZ」ハンマハンマの有線式クローアーム伸びなさすぎ。
片腕50mて。MSタテ3機ぶんまでしか伸びないんじゃん。

・「ラストレイヴン」主人公戦いすぎ。
24時間しかない本編中に12~15回出撃とかキチガイってレベルじゃない。
しかも非強化人間確定。
それでジナイーダやらパルヴァライザーやらの強敵をちぎっては投げちぎっては投げしてるんだから一度の出撃も相当ハードだし。

南瓜鋏の話

色々貴族制社会の歪みとか技術的発展のおかしさとか説明は長いんだけど要するにあれ
「歩兵が肉弾で戦車に挑む」
というのはどうしたらそんなことしなくちゃならなくなるの?っていうのを語ってるだけなんだよね。
「戦車を野砲で撃ったり対戦車砲を作ったりするのはNGなので歩兵が肉弾戦で対戦車戦をすることになるけど、ちょうど都合よく普通ならあるはずの機関銃はない」
という思い切り歩兵の肉弾対戦車戦闘描きたい都合で出来上がった世界観、一体それはなんだよ?というのを大まじめに理由付けして描いていくとこの作品になる。

平民=歩兵が貴族の乗り物である戦車を倒すようなことすると帝政が揺らぐだろっていう理由で野砲で直接照準できるような改造や対戦車砲を作るのが許されない。
戦車があって機関銃がないのはボルトアクションライフルが実は銃という概念が生まれた時点ですでにできてて、ただそれを実際に作る技術がなかったからそれが生まれるのに時間がかかったのであって実際に出来ちゃったら後は先込め式を駆逐するのに10年かからなかったとかいうメチャクチャな技術発展してる世界だから。

これを一行設定解説して終わりにしないで、じゃあそういう世界ってどんなことになってるの?ということを読者が具体的に実感できるように描いてるのが今の南瓜鋏。

帝国内部の権力闘争劇も戦争が長引きすぎて軍が権力持ちすぎたのでこうなりました、戦災の一種なわけで、「戦災復興」という根幹のテーマに直接かかわる話。
(その意味ではオーランド編は伍長の殺人に対する彼の意識を描くのと並んで、少尉と読者が漠然とした認識でいた「『戦災復興』って何よ?」というのを考え直す話でもあった)

まあ結論を言えば長い説明パートではあっても作品として必要な掘り下げだよねというのが言いたいんですが。
そういうのや敵の掘り下げを全部省いてただ主人公とその仲間の無双劇だけ見たい、っていうのを実際にやるとどうなるかは劣等生が示してくれたわけだし……

ところで「俺の私兵を貸してやるから俺にみかじめ料よこせ」ではなく「俺の私兵を貸してやるからそいつらに払う金よこせ」と要求するロンダリオ、創作の商売人の中でもトップクラスに公徳心高いんじゃねえのという気がしてます。

劇場版パトレイバー2の話・再び

いやまあ昔あれエンタメ性犠牲にし過ぎの駄作だろ、パトである必要どこにもないじゃんということを書いて、それは今でもそう思ってるんですが。
もう少し掘り下げて。

単純にロボットアニメなのにロボアクションなさすぎ、っていう意味でパトじゃなくてもいいじゃんというのもあるんだけど、それ以上にこれ単に警察と自衛隊の争い描きたいってだけで、「レイバーというロボットが社会に普及して、その結果レイバー犯罪が増加し、それを取り締まるために警視庁に特車2課が設立された」というパトレイバーの作品要素をなんにも使ってないんですよね。
あれだったら警察モノならなんでもよくて、こち亀でも逮捕しちゃうぞでも警部補矢部謙三でも同じ話は別に作れちゃう。
(なんでここで引き合いに出されるのが踊るとか西部警察じゃないのかというと、そっちは俺は見たことないから)

あれだったらTV版9話のほうがよほどちゃんとした「パトレイバー世界での政治劇」になってて好き。
あれは「ソ連将校が新型軍用レイバー持って亡命してくるのを公安が手引したいので、建前としては「レイバー犯罪を管轄するのは特車2課だから」、本音としては「自衛隊を関わらせたくないので警察内部で済ませたい」という理由で特車2課に依頼を持ってきて、その新型軍用レイバーをバビロンプロジェクト反対派のテロリストが狙ってくる」という、ちゃんとパトレイバーという作品でないと成立しない政治劇になってる。そのバビロンプロジェクトだってレイバー使って東京湾埋め立てようぜっていう計画なんだから。
結局イングラムの戦闘シーンも出てくるんですが、この話はイングラムのアクションがあるから、というだけではない理由でちゃんとパトレイバーという作品世界の話です、と言える。何しろレイバーを巡ってレイバーに関わる組織人たちが政治的な駆け引きする話なんだもん。
いやこの話で酒田に出張してきた野明と遊馬の二人に関してはまったくそんなこと知らされないまま出張させられてるので、駆け引きするというよりは駆け引きさせられたんですが。

まあ結論としては「リアリティある創作=現実の模写」という押井的発想はやっぱりダメですね、という俺がよく言ってる話。

犬が西向きゃ尾は東 おいらが空向きゃ星が散る

・もののけ姫をなぜか原始時代の話だと思い込んでいた謎の勘違い。
いや、冷静になって見ると帝の手紙が出てきたり旗指とか鉄砲とか明らかにもっと時代後じゃんっていうのガンガン出てくるんですが、最初に見た時はそう思い込んでました。
「森を切り開く人類vs自然を守る古の精霊的存在」という話はそういう時代のもんだという先入観の産物なんですが、この先入観もどこから来たんだろうか。


・OO-MSVにあまり詳しくないのでサダルスードとアブルホールがどっちなんだかよくわからなくなることが。
だって6文字の名前でかつ5文字目に「ー」が入るの同じだし……
というかみんなアブルホールのこと卑猥な呼び方で呼びすぎィ!本当にどっちだっけ?ってなるだろ!


・勘違いで言えば「デンドロビウム動かすのはクスリキメるの要推奨」っていうの結局アレ真相なんなんだろう。
ウラキが薬を打ってたのは少なくとも事実なんだけどこれはなんのためのどういう薬なのかがよくわからん。
0083のタイムスケジュール見てるとデンドロ交戦開始からアイランドイーズ阻止限界点突破まで9時間半近くあるんで、デンドロの操縦どうこうより単純に長時間戦闘の疲労のための栄養剤だかヒロポン的なにかなのかとも思えるんだけど……
ちなみに戦闘開始は11月12日の1006で、ガトー戦死が翌13日0119。この間ずっと戦闘してる(少なくともイーズ制御室突入以外ではコクピットから出てないと思われる)ウラキとガトー、なんなのこいつら。

「魔術士オーフェン 女神未来 下」その5

・ヴァンパイアをかくまってると戦術騎士団に襲撃されるけど、魔術士と親しくしてると今度は革命闘士が襲ってくるとかいう原大陸って実は一般市民にとっては過酷なのでは……
「普通の住民は日々の暮らしだけで精一杯で、自分でもどっち寄りなのか分かってないことも多い」という説明や、「どうせ同じ人殺しに上に立たれるんだったら魔術士も革命闘士も同じ」という開拓民の台詞はこのあたりにも関わってそう。

・ところでヴァンパイアライズはほうっておくとやがて完全物質に至って世界を破壊するから一定強度を超えると絶対に魔王術で封印しないとならないっていうの、これは普通に考えたら戦術騎士団のヴァンパイア狩りに絶対的な正しさを保証するはずなんですよね。
オーフェン4部の面白いところはまさにそのあたりの作劇で、騎士団隊員に「絶対的にやらなくてはならないこと」という認識を与えてはいるけど、正しさの保証とか倫理的な優越は与えてない。
マシューとかビーリーみたいにヴァンパイア狩りに何の疑問も感じてない奴もいるんですが、それはあいつらは最初から倫理や正しさという概念そのものに無関心なだけで、ヴァンパイアは世界滅ぼすんだから狩っても仕方ないよね、正しいのは俺たちだよねという割り切りではない。

・ボリーさん、まったく出番なくああいう退場の仕方しちゃったけど、理には叶ってるんだよね。
完全物質の中に入っちゃうんだから、そうなったら絶対に誰が(たとえ神人種族だろうが)何をどうしようとも中のボリーさんには手出しできない。
さしあたって女神に負けて魔王術を使われるという彼の懸念は完全に回避できるわけで。
まあそれが逆に腹立つんだけど、腹立たせてこそのボリーさんだからね。しょうがないね。

「巡ル結魂者 3」秋田禎信 (仮感想)

「縦縞猛打精霊」のインパクト強すぎ問題でエコちゃんかわいいとか吹っ飛んじゃったよ。
後日改めて書くよ。なんだよその精霊。

「蒼き鋼のアルペジオ Ark-performance」9

・霧はただ火力と防御力のみで人類を圧倒したわけではないことがあちこちで示されてますね。
ていうかこいつらのデータリンク、情報伝達・共有速度早すぎだろ。

・「あなたはまだ18よ、千早群像少年」
 「子供は…自分が子供であることを見せつけられると、ふてくされるしイラつくものなんだよ」

「あなたにもわからないことはあるのね」
「ああ、わからないことだらけだ」
「私達だって、それは変わらないわ」

「人間としてはデリケートな質問かしら?私は大事な存在を失うという意味も痛みもまだ理解できていないの。気に触ったらごめんなさい」
この一連のヒュウガと群像の会話が好き。
アニメはもちろん原作でさえスペックばかり高くて、こいつがどういう人間性を持っているのかが見えづらかった群像の人間性をようやく見られた感じ。
ヒュウガも実はこいつも色々ちゃんと知性として意識を得たということを考えてるんだなという。

・自分が未だに霧の戦術ネットワークから切り離されないことを「これが我が艦長を破滅に導く策なのではないか」と心配したり、群像不在で代理で指揮を取る最中にぼそっと「……早く帰ってこい、万年二位」とつぶやくイオナ。
やっべ超かわいい。表面的には特にそういうそぶりを見せないけど、内心ではこうやってがっちり絆があるっていうの大好き。
7巻の「群像が出来るといえば出来る。あとは彼の艦たるこの私がそうしてみせる。今までもそうしてきたし、これからもそうする」という台詞も好きだったなあ。

・海洋封鎖を食らった日本の生活が描かれたのも興味深い点。
既刊だと上陰の説明とそのシーンに映ってる新聞の見出しくらいしか描写なかったですからね。(それでも相当悲痛なのは分かってたけど)
一食の配給が780キロカロリーって他2食も同じ量とすると、一日の最低必要量ギリギリしか供給できてないぞ……
「ギレン暗殺計画」での総力戦におけるファシズム国家の息苦しさ(それも敗戦間近の)をいかに出すかという巧みさといい、Arkはこういうのをわざわざ説明シーンとして長く尺を取らずに他のシーンと並行させつつその世界の風景を描くのうまいよなあ。

・アシガラさん馬鹿すぎて逆に可愛く思えてきた。
フィールドくらい張ってから潜行しろよ。
ていうかこいつ、よく見たら水中航行するのに地形にあわせて岩礁を避けることもしないで体当たりで岩破壊しながら進んでるじゃねえか!
それはさすがに船としてどうなんだ。
あとナチさんから「トリガー預けます」と言われてそのコマの中で即了解発射とか早すぎ。

「むしろ素人の方がよい: 防衛庁長官・坂田道太が成し遂げた政策の大転換」佐瀬 昌盛

それまで首脳レベルでは日米安全保障体制をうたう言葉が交わされていたものの、実態としてそれを裏付けるものが何もなかったところに旧ガイドラインを制定するよう主導した、文教族の素人大臣、坂田道太の評伝。

いくつか非常に興味深い点があるので抜粋。
(ただし私は原資料を持っていないし、それを今後入手する目処も厳しいので抜粋の抜粋になることはあらかじめお断りしておく)

・坂田の私的懇談会である「防衛を考える会」の討議のまとめ、GNP1%枠について。
「自衛隊の人たちが、その責任を果たすために、防衛力を強化したいと望む気持ちは理解できるが、あらゆる事態に対応できる防衛力を平素から保持しようとすると、歯止めがなくなるおそれがある。わが国の防衛力は、そのような軍事的要請だけで判断するのは妥当とはいえない。
防衛費として、国民の支持が得られる限度は、GNPの1%以内が適当ではないだろうか。現在のように、経済成長が鈍化している時はもちろんんおこと、順調なときでも1%を超えるとなると、国民の共感を得るのは難しい。この数字には理論的な根拠はなく、事実上こうなったのかもしれないが、なんとなく、防衛費の適否をはかる物差しのような役割をはたしている」

防衛費1%枠問題は現在語られる時は完全に意義や意味を見失ってそれ自体が政治問題化して語られる節が強いのだが、(実際に「1%」という数値に防衛費の枠を設定することの根拠、そもそも防衛費に絶対的な対GNP比にのみ依拠する上限枠を設定することの是非などはひとまず置いて)「国民の理解を得られる程度の防衛費の規模とはどれくらいか?」という問題意識がある点については特筆に値するだろう。


・坂田が昭和50年11月1日に出した新聞広告から。
「街で自衛官をみかけたら、気軽に話しかけてみてください。
自衛隊も、21歳になりました。26万の隊員が、私たちの国を守る仕事に励んでいます。
この自衛隊について、あなたは日頃どんなことを感じていますか。いかがでしょう、町で自衛官をみかけたら、あなたの率直なご意見や疑問をぶつけてみてください。どんなことでもよろしいのです。たとえば、『なぜ、自衛隊に入ったのですか』『どんな仕事をしていますか』そんなことから聞いてみてください。自衛官は”制服を着た市民”として、自分の考えや経験を正直に話すでしょう。私は、彼らを信頼しています。あなたと自衛官とのふれあいの中から、自衛隊への理解が少しでも深められるなら幸いです。と同時に自衛隊も健全に育っていくものと考えております。ぜひ、率直な意見を交換しあってください
防衛庁長官 坂田道太」

「制服を着た市民」という西ドイツ再軍備にあたって用いられたワードを用いて(佐瀬はドイツ文学科出身の坂田だからそれを知っていた、としている)分かりやすく、自衛隊は異物ではないという点をアピールしようとしているのが興味深く感じるし、また今まったく同じ広告を出したとしても十分意義があると思えるくらいには非常に意義あることを説いているように思う。

・年刊化した最初の防衛白書の坂田による序文。
「はじめに
ようやく防衛白書ができあがった。昨年の暮れには出したいと作業を進めていたが、ほぼ一年かかってしまった。いざとりかかってみると思いのほか難渋した。一つには、防衛問題を積極的に提起して国民のものにしようとする意欲よりも、世間に問題を引き起こすまいとする配慮が先立つ、長年の防衛庁内にある消極的雰囲気にも原因があったように思う。
それは、戦後における自衛隊発足の経緯や、防衛問題が、とかく政治的にも社会的にも継子扱いをされてきた特殊な事情などを見ると、一面やむをえないことでもあったかもしれない。しかし今や、我が国の安全保障、防衛問題は、国政の上でも社会的にも、正しく位置づけられなければならない時期にきている。私は、防衛白書を世に問うことによって、我が国の防衛理念が国民に理解され、国会でも国民の間においても、防衛問題が活発に議論されるようになることを期待したのであった」

防衛白書の年刊化と英語版の同時発行を決めたのが坂田であるという点もそうだが、ここに明確に示されている、一貫して坂田が持っていた「自衛隊とその活動・政策をもっと国民に広く認知・支持してもらわなければならない」という観点、55年体制下から2014年の現在に至るまで日本の防衛行政に欠け続けたものだと思う。
この問題定義は今そっくりそのままもう一度出してもそのまま通用するように思う。 
特に個人的に、現在の第二次安倍政権による集団的自衛権解禁の進め方にきわめて露骨にこの視点を欠いていたと感じる。


ただ昭和51年の防衛大綱(いわゆる51大綱)策定過程の先行研究を「人間が作ったものであることを忘れたかのような無機質な諸論文」「人間・坂田の発想が色濃く滲んでいるのに、それを無視している」と称してこの本を書いたはいいが、今度はこれは坂田の人間性とそこからくる防衛庁長官としての個性的な活動ばかり語って、実際にどういう過程を経て防衛大綱が策定されたのかという政策論が完全にすっぽ抜けている。
「防衛官僚は基盤的防衛力の理論の精緻化には励んだが、国民説得は忘れてすべて政治家坂田に押し付けた」という表現がある上、「坂田の基盤的防衛力構想」という表現まで飛び出してくる。
一方でそもそも基盤的防衛力構想の生みの親は坂田ではなくその防衛官僚、具体的には久保卓也であることはほとんど語られず、漠然と「防衛官僚」という名前の無い誰かが生み出したかのように読める概念をいかに坂田が国民に伝えようとしたかばかりが熱弁されるばかりで、久保については最後になって唐突に「実は基盤的防衛力構想の生みの親は久保卓也だった」という一文が記されているだけで、その次の段落で「坂田はその久保を高く評価しており、早逝を惜しんだ」と語られて終わりになっている。
ここまでやってしまうとバランスを欠くというのを通り越して事実を曲げているようにも感じられる。
(ただし、政策策定過程を論じることを抜かして坂田の取り組み方のほうを重点的に語るということについては、あえてそういう方向で書く旨を佐瀬は本文中で明記している)

少なくともこの本だけを読んで坂田が長官にあった時代の防衛行政を理解した気になるのは著しく歪んだ認識をもたらすように思う。
また坂田の功績としてきわめて重要なはずの、肝心の旧ガイドライン策定までの政策決定過程はほぼ何も書かれてないという片手落ちも非常に気になるところ。

それと参考資料一覧がないのもひっかかる点(本文中に引用した文献はカッコ書きで引用元を正確に記載しているが)。

諸手を上げて絶賛は出来ない(他の資料と平行して読まないと正しい理解ができなくなる)が、一方で佐瀬がそこまでしてでも訴えたい「坂田の防衛庁長官としての姿勢」というのは非常に意義あるものなので、評価は難しい一冊。
「安全保障」田中明彦、「防衛計画の大綱と日米ガイドライン―防衛政策決定過程の官僚政治的考察」瀬端孝夫、また本文中で佐瀬も紹介した「国際秩序の変動と日米政策協調」武田悠、といった先行研究の書籍・論文と同時に参照するのが良いと思われる。

集団的自衛権解禁について

・解禁すべきかすべきでなかったかの二択を問うなら(今後も日米安保体制を基板として日本の安全保障政策を行うなら)すべきとしか言いようがない話ではある。

・ただしそれには解禁するとどんな事態になるのかは絶対に国民に広く周知させておかねばならなかったはず。
具体的に言えば解禁するなら今よりはるかに自衛官の戦死の確率が高まるわけで、それを国民が理解しないまま「関係者だけがわかっていればいい」でゴリ押ししたところで、いざ海外派兵して戦死者が出れば簡単に政権と日本の防衛行政は揺らぐだろう。

・この「関係者だけがわかっていればいい」でゴリ押しされる防衛政策、というのがまさに「脱却すべき戦後レジーム」だったろうに。

・政府の説明も非常にヘタで、率直にもはや憲法9条を盾に対外軍事貢献を避けることは許されないから解禁すると言えばいいものを、なまじ反対派の批判を嫌って在外邦人の救出がどうのという小手先の理論武装でやっつけようとするから結局さらに批判を受けて逆に面倒なことになる。
これも日本の防衛行政の従来の轍を見事になぞってしまっている。

・もっとも反対派も「日本が直接攻撃される以外で日本が危機に陥る事態などあるはずがない」という聞いていて脱力のあまりひっくり返りそうな話や、「圧倒的な軍事力を持ち強力な報復が返ってくることがわかりきっている米国に攻撃を仕掛ける存在などない」というとても21世紀に言うこととは思えない救いがたい話、挙句の果てにはこの期に及んで「解禁すれば徴兵制復活の可能性」という三つ子の魂百までというような話、そういう理屈の立て方でもって反対の論説を張っていたわけで、結局55年体制以来の「とにかく憲法9条を順守してさえいれば戦争しなくて済む」というもはや今となっては誰も説得力を認めない話に相変わらずすがっていただけ。

・理屈になっていない解禁賛成論と理屈になっていない解禁反対論のぶつかり合いなのだから、あとはより強い権勢を握っているのはどちらの派かということでしかない。
押し切られるのは当然といえば当然ではある。

・ただいくら必要なことだったとしても、こういう決め方で決めるのはあらゆる意味で禍根を残す。

週休8日を希望しまーす。寝て起きて寝る、それがわたしの生き様だ

・ネットで美味しんぼの話になるとよく「富井部長がアレ」という話になるけど、「山口六平太」の有馬係長と「釣りバカ日誌」と佐々木課長(今は専務だったかな)もたいがいアレだと思うの。
特に有馬係長、あれで妻帯者なの未だに信じられん。俺にとってはネットワークの「嫌な奴」という情報が凝縮されて擬人化したゴーストのような存在なんですが。というかあそこまで嫌な奴要素を1人に凝縮できるものなのか。


・中日新聞に呼ばれて浅井基文と孫崎享と天木直人が一斉に呼ばれてひとつのページの中で揃って集団的自衛権解禁反対の論陣張ってるの、軍板のネタスレで日本陸軍オールスターとして勢揃いする無駄口・辻・久野村・服部・富永恭司を思い出す。お前らよくそれで職務務まってたな……的な意味でも。
というかあっちの界隈はもうあんな奴しか残ってないのか?


・アルペジオ9巻読んでるけど、アニメつくづく原作の面白さオミットしすぎやったなあ……としみじみ思う。
アニメはアニメとして別物として見れば面白いからいいものの、原作の面白さを損なってる度で言えば相当高いだろ、これ。
艦船美少女擬人化とか派手なビームでSF海戦とかそういうキャッチーなとこだけしか残ってないぞ、アニメ。
特にイオナが極めて安直な量産型綾波系ヒロインにされたのも痛かった……

示し合わせたように奴が来て おつかれさんと笑えばひとごこち

・艦これ再開したけどまだやっと鈴谷・瑞鶴・比叡、20を超えたか越えないかくらいだ。
比叡改2は遠いなあ。
でも鈴谷の帰投時の「艦隊が帰投しましたー、おつかれぃ」が聞きたくて旗艦から外せない。あのフレンドリーさ、いい。

薄い本も3冊くらい買ったけど、意外と、と言うべきか当然とと呼ぶべきか、この子普通に提督とイチャイチャしてるほうの18禁のほうが多いのね。
でもゲーム本編でほぼ何も絡みがないのに勝手に熊野との百合要員に駆り出す輩は最終コーナーでまくり殺されろ。

・http://knkn3.tumblr.com/post/90239596033
"京大の学長選挙で「霊長類学研究の権威の山極教授に投票しないで」ってビラがばらまかれてるらしいけど、理由が「あいつは〇〇だからダメだ!」とかじゃなくて、「あの人が総長になって研究職を退くと世界の霊長類学の発展にとって大きな損失だから」っていうのがなかなか熱い。"

この内容自体はもっともなんですけど、そうなると学長やってるのに普通に研究続けててガンガン新刊書いてる井上寿一先生とは一体……ということを考えざるを得ない。

・今日、「巡ル結魂者」の新刊ですが、当然秋田の新刊なので俺には買わないという選択はないんだけど、でもオーフェン4部のあれだけの秋田濃度を楽しんだ直後の今、結魂者読んで楽しめるかな……という不安はどうしてもある。
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。