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「黒ワニとハーモニカ」別館 バンダイがマーズジャケットをプラモにしてくれるのを待つ日記

ロボットアニメをわりと好むヲタによるブログ。 たまに少しだけ防衛問題について喋ったりもします。 あとパワードレッド・ドレッドノートHのプラモ化と、コトブキヤが有澤の雷電をプラモにしてくれるのも待ってます。

無敵鋼人ダイターン3

DVDーBOX買いました。
現在19話「地球ぶった切り作戦」まで視聴。
いやぁ、さすがスパロボで毎回目立ってる作品なだけはありますな。
マジおもしれーよこれ。 

●バンクを使わずにガシガシと毎週ドツキ合うロボ戦パートはさすがトミーノ。
 
●「ダイタァァァァァン・カァムヒァァァァァl!」
 スパロボで聞き慣れたこのかっこいい叫びですが、いざ実物を聞いたところ
 「ダイターン・カームヒヤ~」
 というあまりにあんまりな叫びで脱力。
 おいおいなんだよこれは、と思って調べたら鈴置氏は万丈が
 デビュー作とのこと。確かにスパロボより断然下手なのも無理ない。
  
●スパロボのシリアスな万丈しか知らなかったので、ケンタウルスに
 改造されそうになってギャー!と悲鳴を上げたり電気ショックで
 骨格を見せたりする万丈がものすごく新鮮。
 
●キザでカッコつけでやたら派手なアクションかます万丈がとてもイカス。
 金田演出回は形容に困る派手なアクションするし(笑
 
●趣味に走って本分忘れてるコマンダーがバンバン出てきたり、
 女にもてないのが悔しくてメガノイド化した男がいたり、
 風紀委員長なる役職が存在して恋愛を取り締まっているという
 なんかえらくアバウトな組織・メガノイド。本当にそれでいいのかお前ら。

●「赤ん坊を愛しいと思う気持ちがあればこそ人間は強く生きられる。
 これがわからんメガノイドには人間を越えられん!」
 とメガボーグ・ブランドル相手に大見栄を切るシーンは大変格好良い。
  
●10話のウォン・ロー、メガノイドになることで夢をかなえてしまった
 空しさを語り、「たとえ筋書が違っても(自分が倒されるシーンを撮ることに
 なっても)素晴らしい映画を作る」とあえてダイターンの前に散っていった姿は
 妙に哀愁を誘う。
 
●「世のため人のため、メガノイドの野望を打ち砕くダイターン3!」と
 いう今や超有名なあの台詞。
 ビューティとレイカに言わすと恥ずかしい台詞らしい。
 
●19話は最高に面白かった。
 「ダイターン・カムヒア!」
 「ダイターン・カムヒア!」
 お互いテンパった顔で必死にダイターンを呼び合う万丈たちとバンチャーたち。
 コロスとドン・ザウサーでさえ思わずポカーンとした顔を見せる
 地球ぶった切り作戦。
 喋っているうちにだんだん万丈とバンチャーが混じっていくドビンとデガラシー。
 …という壊れギャグと平行しつつ今までのコマンダーと違いやけに仲の良い
 ダメメガノイド3人組の描写が入り、あっけなく万丈に倒された部下を見て
 泣きながら殺してやる!と襲いかかってくるバンチャー。
 「たった2人のソルジャーのために戦えるなんて、メガノイドのクズだよな…」
 万丈の台詞とあわせてこのへんなんか泣ける。
 
●しかし万丈はカッコいい台詞が多いね。 
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連載第3回更新

すんげー長くなってしまった。疲れた。
 
今回はバクシンガーのサントラをBGMに水上さんが紹介していた
「幼なじみな彼女」がやりたいなぁ、とか考えながら書いてました。
 
正直俺は一度シュテッケンに後ろからバッサリやられるべきだと思います。

「日米安保体制の歴史」第3回

第1章第3節「講和条約締結と日米安保の成立」
 
●ダレスの登場と池田勇人の訪米
 講和条約が前方展開問題をめぐり息詰まる中、トルーマン大統領やアチソン国務長官が問題解決のため対日講和問題担当として1950年4月、国務省顧問に任命したのがダレスである。この頃「中国失陥」をめぐる共和党の批判は強まる一方であり、講和問題という重要なテーマが「反共ヒステリー」の餌食にならないためにも共和党員であるダレスを採用することで政治対立を越えた超党派体制で望むという配慮が背後にあった。
 また彼を自分の顧問として任命したアチソン(さらにマッカーサー)は早期講和論者であり、アチソンのダレス指名は国防総省を妥協させることもその1つの狙いであった。
 実際にダレスは着任から3週間もしないうちに対日講和に関する覚書を作成し、「占領軍の漸次的減少、占領改革の意地、無賠償」を規定した平和条約を結び、安全保障については別途、予備会議参加国すべてを含む取り決めを結ぶという案を提出した。
 会議は1950年夏~秋に設定されており、ダレスが早期講話論に傾いているのは明らかであった。
 さらにダレスの就任と平行して日本側でも講和促進に向けた動きが見られた。同1950年4月、池田勇人蔵相が吉田茂の使節として以下のような提案を携え訪米したのである。
 
「吉田内閣は、もとより多数の国が講和に加わることが望ましいけれども、感情的に日本を敵視している国までが参加する時まで占領を続けられることは耐えがたい。現在望み得る最善の講和をできるだけ早く獲得するという以外に独立への道はない。(中略)
自分は吉田総理大臣からの伝言として、次のことをお伝えしたい。
<日本政府はできるだけ早い機会に講和条約を結ぶことを希望する。そしてこのような講和条約ができてお、おそらくはそれ以後の日本およびアジア地域の安全を保証するために、アメリカの軍隊を駐留させる必要があるであろうが、もしアメリカ側からそのような希望を申し出にくいのならば、日本政府としては日本側からそれをオファーするような持ちだし方を研究してもよろしい…>」
 
 また池田はアメリカ側にソ連は「アメリカよりも先に寛大な講和条約」を提示して日本の気をひくかもしれないと述べ、ソ連の先を制して寛大な講和条約を提示することをさかんに勧めた。
吉田は再軍備はいつか「われわれの暮らしが元に戻れば自然と」行われるようになるだろう、「それまではアメリカ軍の手に委ねる」と語り、池田訪米から半年後に行われた選挙の中で「再軍備再軍備と言うが、再軍備をしたら軍艦一隻つくっただけで国民生活はひっくり返る。戦前、財政の大半は軍事費に使っていたため民生は圧迫された。*今日再び同じようなことをしたら日本はつぶれてしまう。陸海軍をつくって不完全な軍備をすれば、かえってエサを出して外国の攻撃をつっているようなものだ。外敵には安保条約でこれを守り国内の治安は保安隊がやる。これで筋が通っているわけだ」と述べたように、日本が再軍備の負担を背負ったり、アメリカを疎遠にすることなしに国際社会に復帰することを願っていた。
 
●朝鮮戦争の勃発とNSC60/1
 そしてその後の1950年6月、ダレスが日本を訪問し吉田首相などと会談した。
 この時吉田はダレスとの会談で彼を喜ばすようなことは言わなかったらしく、「日本は国際間の嵐がいかに激しく吹いているかを知らないで、のどかな緑の園生にいるという感じ」だとダレスは感想を述べた。果たしてダレスのこの不満を裏付けるように、6月25日突如として北朝鮮軍が大挙36度線を越え、韓国に攻撃をしかけた。朝鮮戦争の勃発である。
 ダレスはこれによって日本人が共産主義の脅威に目覚めるようになることを期待し、この機会を利用して講和を促進すべきだとアチソンに進言した。この進言は受け入れられたが、そのためには軍部の説得が必要不可欠であった。
 妥協のためにマッカーサーの見解などもふまえた上でダレスが出した結論は、アメリカが「欲しいだけの軍隊を、望むところはどこであれ、望むだけの期間維持する権利」を与える日米間の協定を作るというものであった。この線にそって国務省と軍部の意見の調整は進み、1950年9月8日、トルーマン大統領は上記の内容を講和交渉を進める条件について両者の合意を記した政策文書NSC60/1として承認した。
 これをうけて9月14日、トルーマン大統領は記者会見で極東委員会12ヶ国と対日講和について非公式の討議を開始するよう指示したことを明らかにした。 
 
●日本政府の講和準備
 新聞報道などで伝わるアメリカ政府の動きを見て、吉田首相と外務省は有識者や旧軍人などとの協議もふまえつつ、日本側の講和準備作業を本格化させ、安全保障及び再軍備をめぐる交渉原案としてAからDまでの4つのテキスト案が制作された。
 要約すると各原案は以下のようになる。
 
A作業 国際連合への安保完全委託論
B作業 アメリカ軍が講和後も駐留する場合の日米協定案
C作業 日本の非武装継続を想定した案
D作業 反共を明確に打ち出し、アメリカとの一体化を表明した案
 
 D作業はA作業に対し、過度に理想的すぎるとして吉田が再検討を命じた結果制作されたものであり実際の交渉のベースとなったのもこれであった。
 
●吉田-ダレス交渉
 当時の日本の指導層の関心は、アメリカがどの程度日本に対して再軍備を求めてくるかという点にあり、平和条約後の米軍駐留継続はほとんど前提視され、それが望ましいと考えられていた。このように日本側が講和準備を進める中、ダレスは「講和7原則」と呼ばれる対日講和原則を提示し、関係各国との調整にあたっていた。
 そして1951年1月、その調整の一貫として日本およびフィリピン、オーストラリアを訪問した。日本にとってダレス訪日は自らに有利な平和条約を実現するため日本側が利用できる数少ない機会であった。*2
 一方ダレスにとって第一の問題は「われわれが希望するだけの軍隊を、希望する場所で希望するだけのあいだ、駐留させる権利を得ることができるかどうか」であった。そして朝鮮半島では人民解放軍の介入の前にソウル再放棄を強いられるという著しく不利な戦況の中で会談は始まった。
 前述のように会談は米陣営への参加を明記したD作業に従って行われたが、一方で吉田とダレスの国際情勢認識には小さくないズレがあり、再軍備問題などもあって交渉は難航した。
 米側関係者がきわめて緊迫しており、ソ連の対日侵攻もありうると考えていたのに対して吉田は対日侵攻はありえないと考えており、脅威はヨーロッパにあると思うとも述べていた。
 さらに再軍備問題では吉田はそれ自体に異論を唱える再軍備全面反対論者というわけではなかった*3ものの、弱体な経済と一般国民の反対のために「性急な再軍備」は望ましくないと主張し、ダレスを激怒させた。
 この埋まらない溝に対してダレスは双方で意見を調整することを示唆し、2月1日から6日まで4回にわたり事務方の折衝が行われた。
 この間日本側は吉田の了承のもとに国連憲章第51条に基づく集団的自衛権を根拠とする米軍駐留案であるB作業文書を提出、米側を「提案はヘルプフルである」と喜んだが同時に執ような「ある程度の地上部隊」の設置を迫り、日本側はこれに対して5万人の軍隊を創設するという覚書を渡した。
さらに駐留軍の地位協定をめぐり何度かのやり取りを経た後に後日の行政協定によることで落ち着き、ついにサンフランシスコへの道が開かれることになる。
 
●極東条項と安保体制の成立
 果たしてこの講和交渉は秘密に取り交わされた再軍備の約束が後の防衛問題に少なからず好ましくない影響を与えてしまったものの、大筋では日本側は成功と呼べる結果を残せたと満足していた。西村条約局長は
 
「先方は当方の希望を良くいれてくれた。希望どおりにならなかった点はただひとつといっても過言ではない。それは、わが原案が"日本は米国軍隊の駐留に同意する"といったのに対して、先方は"米国軍隊の駐在を日本は要請し、合衆国は受諾する"と案を出し、さらにわが方は"両国は米国軍隊の駐在に合意する"と対案をだしたのに対し、"日本は要請し、合衆国は同意する"を維持したことである」
 
と述べている。
 つまり米軍の日本駐留について、日米双方の利益になるからそうするのだという建て前にならなかったのである。
 さらに9月までの講和会議までの交渉で、いくつか日本側の交渉担当者の意に沿わない変更が加えられた。そのうち最大のものは、いわゆる「極東条項」なるものである。
 もともと2月の段階で合意された文言では、日本が米軍に日本駐留の権利を供与したことに関し、「この措置は、もっぱら外部からの武力攻撃に対する日本国の防衛を目的とするものであって」とあった。ところが4月に「この措置は、外部からの武力攻撃に対する日本の安全保障に
貢献することを目的とするものであって」と修正され、それがさらに7月「この軍隊は、極東における国際の平和及び安全の維持並びに1又は2以上の外部の国家による教唆又は干渉によって惹起された日本国の大規模の内乱及び擾乱を制圧するため日本国政府の明白な要請に応じて与えられる援助を含み、外部からの武力攻撃に対する日本国の安全に寄与するために使用することができる」と修正されたのである。
 この結果在日米軍による日本防衛の確実性が条約文面から消えてしまうことになり、事務当局を大いに悩ませたが、ともあれ実質には日本の安全保障を担保するための米軍駐留を求めつつ講和を早期に達成するという吉田の目的は大筋で達成されたのであった。
 1951年9月4日、サンフランシスコで対日講和会議が開催され9月8日、対日平和条約に49カ国が調印した。同じ日吉田は日米安全保障条約に調印、ここに現在まで続く日米安保体制が成立した。 
 
●初期日米安保体制の特質
 しかしここまで見てきたように、成立当時の日米安保体制とは米国への安保委託(後に言う「安保ただ乗り」)を目的とする日本側の要求と、アジアでの共産主義封じ込めのため前方展開の根拠地を求める米国の要求の一致の産物でありいわば物々交換のための取引協定であった。
 そこでは脅威に対する共同対処といった本来の「同盟」的な要素はほとんど考慮されておらず、日米間の安全保障協力を明文として定めたものは実質的に安保条約の条文が唯一無二のものであった。
 日本側はそもそも貧弱な国力を背景とした安保の米国委託が条約締結の目的であったがゆえに安保協力の推進に対して必然的に消極的であったし、米側もまた戦争の後遺症が癒えない貧しい弱小国でしかなかった当時の日本に対してことさら防衛負担の拡大を求めようとはしなかった。*4
 従ってこの安保体制が「同盟」と呼ばれることはなかったし、それが意味するところについて問題視されるようなこともなかった。
 日米間の首脳が公式に安保体制を「同盟」と表現し、両国間の防衛負担格差が問題となるのは日本が経済成長を遂げ英米仏などと並ぶ大国となったおよそ30年を経た後のことである。

(第1章第3節終わり)
 
次回第1章第4節
「吉田茂下の再軍備政策」
に続く
 
 
参考資料
「安全保障 戦後50年の模索」 田中明彦、1997
「日本外交史概説」 池井優、1986年
「日米同盟半世紀」 朝日新聞社、2001
「戦後日本外交史」 五百旗頭真、2002
「日米関係とはなんだったのか」 マイケル・シャラー、20044 【“「日米安保体制の歴史」第3回”の続きを読む】

最近の韓国情勢を見てひとこと

戦後日本には吉田茂がいた。

戦後ドイツにはアデナウアーがいた。

しかし、戦後韓国には誰もいなかった。

バイトといえば

 同僚が以前モグラの死体を見たことがある。珍しい、と言ってました。
 俺なんかモグラと言えばカメが操る飛行船の中でヒゲのイタリア人に
向かってスパナ投げてる奴しか見たことない。

ネズミ君のこと

 最近バイト先でネズミが出没するんです。
今日も出かけたら「またネズミが出た」などと話してまして。
「おいおい勘弁してくれよ」と言いながら歩いていたところ、
奴は現れました。
 俺が一歩を踏み出しそれが接地しようという瞬間、足の甲の5センチほど左に。
 彼(いや彼女なのかもしれんが)はシュタッと現れ駆け抜けていきました。
そこで危うく踏み潰してグロイ感触を味わいかけた俺は叫んだ。力の限り。
 
「うわーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!!!」
 
 倉庫の中にいた同僚が思わず顔を出してきたくらいの声が出た。
なんつうか半年分くらいの驚き分をまとめて放出した感じ。

「まぶらほ ふっかつの巻~せいほく~」

ちゃんと買ってたけど感想書きそびれてた。
 
●凛は和樹の膝の上に乗りたいらしい。
 しかし彼の性格なら頼めば意外と平気で乗せてくれそうな気もする。
 それにしてもこの娘は欲求不満でそのうちえらいことを
 やりそうな予感がするな。
 
●なぜ式森と仲が良いのか、ときかれて答えられないヒロイン2人。
 要するになんとなく気が合う*から、なんだろうな。
 
●やっぱり和樹はエロ本とか一冊も持ってなかった。
 絶対そうだろうとは思ってたけども。
 
●賄賂を取った取らないと普通に議論してる高校生というのは嫌すぎる。
 「女にもてるなんて宣戦布告みたいなもんだ」という理屈で
 戦時法廷ってのも凄まじいが(笑
 
●書きおろしは………うーん、なんていうかこの作品でこんな黒い話を
 目にするとは予想だにしなかった。
 まあとにかく千早にも希望の残る展開になって良かったけど。
 山瀬さん、脇に置いたままにするにはあまりにも良い娘*2だし。 【“「まぶらほ ふっかつの巻~せいほく~」”の続きを読む】

アルジェントソーマ

全話こっそり視聴完了。
 
●小さくか細い声でぽつりぽつりと話すマキさんが萌えすぎるのですが。
 
●雨の中傘もささずに心底悲しそうな顔でじっとこっちを見上げている
 マキさんが以下略。
 つーか浮気なんかしてんじゃねーよタクト。
 何が嫌だったのか言ってみろコラ。
  
●「うそつき」と言うにしても自分の口で言えないマキさんが以下略。
 眼鏡なしのYシャツ1枚!というビジュアルに目がいきそうになるの
 ですが「バカだなぁ。そのくらい口で言え」と言われてとんと頭を
 寄せるのが良い。
 
●曲調といい歌詞といい後ろの絵といい浮きまくってること甚だしい
 EDですが、あれは全部後への伏線なのね。
   
●事故の後タクトが発見した時、瓦礫の下から腕だけが現れててその手には
 タクト自身が目の前で投げ捨てた指輪がきちんとついてて、号泣する
 タクトの後ろで同時に「sorry&Thank you」というメールが
 表示されるのがひどく切ないというか泣ける。
 (そしてタクトがそれを受け取るのは最終話となる6年後というのも…)
 
●文学的例えが多くて(やや解り辛いが)シャレてる台詞回しがイカス。
 特にMr.X。奴の存在と台詞回しは特にステキすぎ。
 ザルクで格好良く出てきたけど帰る時は原チャリだったフューネラル
 メンバー救出シーンには笑ったが。
 あれはひたすら地味でシリアスな本作唯一のギャグなシーン。
 
●「フューネラル(葬式)」に入って「ザルク(棺桶)」に乗るとは
 最高に縁起の悪いロボットアニメ。 
 
●Xの旦那、死んだー?!と思ったが実は生きてたのか。
 実際それが許されるポジションのキャラだろうし生きてて
 良かったってのが本音ですが。
 「あいつに、よろしく頼む」でリンゴワープかます最終話の
 シーンがいいなぁ。「よく味わっとけ」でユーリに投げ渡したのと
 同じリンゴ。
 
●ユーリの回想で出てきた時は「あれ、あんたこんなとこにも?」と
 思ったがあれは実際にかつて公然と存在していた時のXの旦那だったのね。
 
●エイリアンの正体と巡礼ポイントの意味はちょっと切ないものが。
 
●回を追うごとにだんだん錯綜していくリウの精神状態の描写が良い。
 フランクに勝てずMr.Xに嘲笑された翌朝の散乱した部屋とか
 フランクとの共闘をやる羽目になったりハティから妖精くんを何度も
 助けてくれたと言われてしまったり、妙な悪夢にうなされ出して
 しまいには素でハティに向かってマキと呼び出すくだりとか。
 この壊れぐあいの描写は絶妙。
 
●実は裏切り者だったダン。
 いきなりかよ!と思ったがそういえば「飛行機を襲わないなんて
 まるで素人だ」というスーへの返事の歯切れが変に悪かったり、
 なぜかデータバンクの前でリウと出食わすシーンが何度もあったりで
 伏線は張られてるな。
 
●タクトと呼ばれて「間違っている。俺はリウ・ソーマだ!」と言う
 シーンはつり上がった口元や声のせいでどう見ても某反逆する男に
 しか見えなかった(笑*
 
●最終話で別人と化してるスーにびびった。
 いきなり赤毛かよ。
 
●最終話だとハティ19才でタクト25才だそうな。
 これでマキと同じ年齢になったそうですが、やはりそれには
 なんらかの意味が込められていると見るべきか。 
 
●しかし随分きれいにオチたもんだな。
 あの時のメールを受け取って、タクトもやっと「さよなら」が
 言えたし…あのシーン泣ける。
 成長したハティも微妙な病気っぽい雰囲気が抜けていい感じに。
 そしてリウと再会、もう戻れないかもしれない旅立ちという
 ラストシーンは非常に綺麗で余韻を残すいいラストだった。
 
 
ひたすら地味でひたすらシリアスな展開でしたが、地味に良い作品でした。 【“アルジェントソーマ”の続きを読む】